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やがて鬼となる母と魄と名付けられた息子との徒然なる日々――【春の月】

「おぎゃあああ……ほえええーっ……ふぇ……ひっ……ひっ……」 「はは、これが――尹……お主と桜獅との間に産まれた守子共から不吉なる存在と噂の的になっているお主の息子か――。ほれ、泣きわめいていないで――やがて新たに父となる我の顔を、しかと眺めるがよい――」 私の首筋に顔を埋めていた狂善が、唐突に火のついたように泣き始めた小さな小さな魄の体を抱き上げると――かつて、村にいた頃に浮かべていた無邪気な笑みとは比べ物にならないくらいに下品で嫌らしい笑みを浮かべながら泣き叫ぶ事しか出来ない今はまだ無力の魄へと乱暴に言い放ってきたのだ。 ――どんっ……!! 私は咄嗟に泣き叫ぶ事しか出来ない小さな魄の体を、狂善から取り上げると――そのまま出来うる限りのありったけの力で彼を突飛ばし――護身用のためにいつも懐に入れている小刀を取り出すと、そのまま唖然としながら尻餅をついている狂善の首筋へとそれを突き付ける。 つつーっ……と赤い一筋の血が狂善の首筋に流れる。雲ひとつなく清々しく澄んだ青い空とは裏腹に――まるで椿の花びらのように真っ赤な血が彼の僅かに浅黒い首を流れているのを何かに憑依されたかの如く一心不乱に見つめながら私は荒々しい息を吐くのを止めて何とか冷静さを取り戻そうと試みる。 「これ以上、私に……いいえ――魄に……私とあの御方との間に産まれた大事な私の息子に危害を加えようとなさるのであればっ……今度こそ、私は貴方と昔に村で交わした約束を果たします――分かったのなら、ここから立ち去って下さいませ!!」 「……っ……く、くそ……覚えておれ――必ず我はお主の新しき夫となり、その忌々しい血が受け継がれた息子の――新たなる父となるからな……」 そう吐き捨てるように言い残し――未だに泣き叫ぶ魄と、あまりの恐怖からへたりと地面に腰をついてしまった私を残して狂善は脱兎の如くその場から逃げ出すのだった。

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