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やがて鬼となる母と魄と名付けられた息子との徒然なる日々――【春の月】

◇ ◇ ◇ ◇ ――ちく、ちくり…… 「尹様……尹様――夜が更けて参りました。雄雛祭に魄様に御着せする着物を作るのも結構ですが、お顔があまり優れませんし、そろそろ御眠りになっては如何ですか?」 「私は、平気ですよ――木偶の童子。それに、たとえ眠りについたとしても……結局は、この子の夜泣きで何度も目を覚ます事になりますからね――。もう少しで……魄の晴れ姿に必要な着物が完成するのです。」 ――木偶の童子が私の体調を心配してくれているのは有難い。 (なれど、もう少しで雄雛祭の日……その日までに何とかこの着物を完成させ、あの情欲にまみれた魔獣達だけでなく、不義の子は不吉だ、汚らわしい子だと――まるで鸚鵡が如く、毒のような言葉を繰り返す忌々しい守子共にも……我が子に対する私の愛は決して負けないと見せつけてやらなくては――) 行商人の持っていた布地に――水色で無地のものがあって良かった。まるで、雲ひとつなく晴れていた今日の昼間に私達の頭上に広がっていた青空のような水色の布地――。 その水色の布地で、私は雄雛祭で魄に身に付けさせるための着物を一心不乱に作り続けていた。飯も録に食わず、厠と水行に出向く以外には部屋から一歩も出ず――今の所一睡もせずに夢中で着物を作っているせいで木偶の童子は心配してくれているのだろう――。 (私の息子である魄の心は汚い欲にまみれた貴様らとは違って、青空のように澄んで清らかだ――心が濁った沼の水が如く汚れきった貴様らとは違い、この水色の着物が魄にはよく似合っているとその口をから毒しか吐けない愚かな彼奴らに皮肉まじりに言い放ってやるのだ……) と、そこで――はっと我にかえり裁縫針を持つ手を止めた。脇にある鏡を見て、私は言葉を失い――慌てて鏡から顔を背ける。 (ち、違う……違う……もちろん、それだけじゃない――私は魄に多くの幸せが訪れるのを願っている……決して……彼奴らに一泡吹かせるためにこれを作っている訳では――) ぎゅっ……と唇を噛み締めると――また裁縫針を持つ手を進めていき、強烈な眠気を堪えながらも着物作りを再開する。何度も、何度も抗いがたい眠気に襲われながらも無我夢中で裁縫針を持つ手を進め続けるしかなかった。 途中、何度か魄が夜泣きをし――その度にあやしながらも、私は着物作りを止める訳にはいかなかった。 それから、どのくらいの刻が経っただろうか――。 着物作りをようやく終えた私は――けたたましく泣き叫ぶ魄の声で目が覚めた。既に朝を迎えており、その後すぐに私を起こすために隣の部屋から私の寝所を訪れた木偶の童子の心配そうで僅かに遠慮がちな声が聞こえてくるのだった。

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