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やがて鬼となる母と魄と名付けられた息子との徒然なる日々――【春の月】
◇ ◇ ◇ ◇
「――祝寿殿って……中はこのようになっているのですね……それよりも、いくら天に召します禍厄天寿様から祝福を受ける儀式とはいえ、あの大釜の中で煮えたぎっている湯らしきものの中に男童達を入れて祈りを捧げるのでしょう?お怪我や火傷などはされないのでしょうか――尹様?」
「ああ、そういえば木偶の童子――貴方はこの儀式に参加するのは初めてでしたね。案ずる事はないですよ。あの大釜には、とある秘密があるのです。そうだ、木偶の童子――貴方は将来……この祝寿殿で儀式を行う術師になったら如何です?元々、貴方には故郷から暮らしていた時から授かっていた不思議な能力もあることですし――っ……と…………」
「……………」
雄雛祭が行われる祝寿殿に一歩入るや否や――眼前に飛び込んできた。ぐつ、ぐつと湯が煮えたぎっている最中で、私達人間よりも遥かに存在感のある大釜を見上げながら隣にいる木偶の童子が驚きを露にしながら口にしてきた言葉を聞くと、何の気なしに言ってしまったある言葉に対して罪悪感を抱いてしまう。
故郷の村で共に暮らしていた頃からずっと――木偶の童子は元々授かっていた不思議な能力の事を言うと、途端にしょげてしまい落ち込んでしまうのだ。そして、そういう時の彼は――必ずといっていい程に瞳に色を失い――無言になる。
その理由は充分に分かりきっていたのに――。
屋敷の主人であり横暴だった私の父から――不思議な能力について蔑まれ、恐怖され、酷い言葉を投げつけられ――不当なる扱いを受けていたからだと分かりきっていたのに――。
私は――故郷の村に暮らしていた時から実の弟のように慣れ親しんできた木偶の童子に頭を深々と下げて、謝罪すると――そのまま俯いたままの彼の頭を優しく撫でたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
――祝寿殿での雄雛祭の儀式はその後順調に終わり、全ての行事が終わった事を司会の守子達が皆の者に告げ終わり、順々に出て行く皆の者を息を殺しながら見届けて最後の方に、その場を後にすると外には薄暗い闇と静寂が広がっていた。
――忌々しい守子共に嫌味を言われる事もなく、あの後に狂善を見掛ける事もなく、始めての雄雛祭を終えた事に対して心の底から安堵しきっていた私は両腕ですやすやと寝息をたてる魄を見つめながら寝所へと戻っていく。
その時――、
予想もしない人物が廊下の反対側から歩いてきた。しかも、その両腕には――私と同じように小さな赤ん坊を抱いている。
今や一国の王となった桜獅――いや、屍王が産まれたばかりという赤ん坊の王花様を抱いて反対側から歩いてきたのだ。
私は息を殺しながら――出来うる限り、早足ですれ違おうとする。魄を隠すように抱きつつ俯きながら歩いていたものの、どうしても王妃と桜獅との間に産まれたという王花様の様子が気になったため――ちらりと一瞥すると、憎らしい程に誰からも認められて差別などされる筈もない王花という赤ん坊が無邪気な笑みを浮かべながら私と魄の方を大きな瞳で見つめてくるのだった。
かつて愛を誓い合った事など忘れたといわんばかりに、桜獅――いや、屍王は終始無言で目線すら此方に向ける事はなかったのだった。
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