15 / 89

やがて鬼となる母と魄と名付けられた息子との徒然なる日々――【夏の月】

◇ ◇ ◇ ◇ 王宮の外の世界として確立している【貧民街】にて縁日とやらの祭りが開催されるらしい。 その噂を王宮内に蔓延っている他の守子の口から聞いた私は些か不安を抱いてしまった。 基本的に――王宮内の王族と、それに近しい立場の者は王宮の外には一歩も出られないが、所謂私達Ωの劣等種と言われている王宮でも下の立場にいる者らは警護官から許可証を貰えさえすれば王宮の側に存在する【貧民街】であれば外出は事は可能なのだ――。 そのような事を悶々と考えながら普段通りの公務をし終えた私は腰の痛みと――僅かばかりの目眩、そして思わず堪えきれない程の吐き気に必死で耐えながら――重い体を引きずりつつ、ゆっくりと廊下を歩いていき、ようやく魄と木偶の童子が待っている寝所へと辿り着いた。 「……っ……ただ今……戻りました――魄、いい子にしていましたか?」 「は、ははうえ……ははうえっ……おかえりなしゃい……ははうえ……!!」 寝所へ一歩入るや否や――木偶の童子に本を読んで貰っていて笑顔を浮かべていた魄が見る見る内に目に涙を浮かべながら、此方へと駆けよってきた。途中、まだ上手く歩けない魄は前のめりに倒れて転んでしまい、それがきっかけとなり――寝所中に魄の泣き声が響き渡る。 ――ふう、と軽くため息をついてから重い体を何とか引きずって、前のめりに倒れてしまった魄の体を己の体に抱き寄せる。 (この子も……随分と……重くなったものだ――) 「ほらほら、泣かないで……せっかくの可愛らしいお顔が台無しですよ?」 「ひっく……ははうえ……っく……ははうえ……おねがい……が……あるのでしゅ……」 「……おやおや、魄――あなたがお願いとは珍しいですね……何のお願いがあるのです?」 大きな丸い目に涙を目一杯溢れさせながら、上目遣いで魄に言われた私は思わず問い返してしまった。きっと、その時の私は我が子の可愛らしい素振りを見て鼻の下を伸ばしていたに違いない。 「あ……あのね……ひんみ……んが……の……おまちゅり……にいきたい……でしゅ」 「……っ…………!?」 ――しまった。 完全に油断してしまっていた。おそらく、側にいて私から気まずそうに目を逸らしている木偶の童子が――よりによって魄本人に【貧民街で行われる縁日】の事について、ぽろりと話してしまったのだろう――。 王宮内の世界しか知らない魄が――外の世界である貧民街の縁日に行ってみたいと願うのも無理はない。 しかし、その魄の願いを聞いて――不安だけでなく安堵の気持ちも僅かに抱いていた。今まで録に自分の意思を示さなかった魄が初めて自分で貧民街の縁日に行きたいと話してくれたのだ。 「……仕方がありませんね。木偶の童子――こうなったら、あなたにも一緒に行って貰いますからね?近々、警護官から外出許可証を貰ってきましょう」 「……ほ、ほんとに……ほんとにいってもいいのでしゅか?ははうえ……ははうえ、ありがとうございましゅ……ははうえ……しょの……だいしゅき……」 私の体の中に抱かれながら、今までに見た事もない位の愉快そうな魄の笑みを見て――私は再び、ため息をつきつつも穏やかに微笑むのだった。

ともだちにシェアしよう!