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やがて鬼となる母と魄と名付けられた息子との徒然なる日々――【夏の月】
◇ ◇ ◇ ◇
「いいですか……魄、此れを被り――決してこの母から離れてはなりませんよ?そして、木偶の童子――この子がはぐれないよう常に気を配ってください……無論、私も十分に気をつけますが……」
「ええ、ええ……分かっていますとも。それが私の役目でもありますから……それに、外の貧民街が危険なことも重々承知しております」
「おまちゅり、おまちゅり……たのしみでしゅ……でしゅが、ははうえ……おそとはそんなにもきけんなのでしゅか?」
黒い布をすっぽりと頭に被り、なるべく夜闇に紛れる事が可能そうな黒い布地で作った着物を魄へ身につけさせると、私は口を酸っぱくして【貧民街】が如何に危険かという事を教えたのだが、まだ幼い魄にはよくわかっていないらしく――きょとんとした表情を浮かべて困ったようにじっと私を見つめていた。
よくよく考えてみれば――魄はまだ三歳なのだ。しかも、王宮内しか世界というものを知らない魄が【貧民街】が如何に危険かなどと話してみても理解できないのは無理がないのかもしれない――。
そう改めて考え直した私は魄に【貧民街】についての危険な事を教えるのを諦めた。それに、【貧民街】よりも王宮内の守子達とその息子らが縁日に来ているかもしれないという状況の方が――むしろ、危険な事かもしれない。
(そうだ……いくら縁日が繁盛して客が沢山集まるな時刻からずらして行くとはいえ……あの魔獣が如き守子やその息子らと――鉢合わせする可能性だってあるのだ……変装じみた格好で行くとはいえ……もしも奴等に出会ってしまったら――)
私や木偶の童子はおろか……愛しい魄にも危険が迫るかもしれない。少なくとも、心無き奴等からの誹謗中傷は免れないだろう。
(やはり、軽々しく縁日に行く事を引き受けることなど止めておけば良かった……いや、今からでも間に合……)
「は、はうえ……ははうえ……どうしたのでしゅか……おまちゅり……いかないのでしゅか……?」
「い、いいえ……さあ、お祭りに行きましょう――ただし、母の言い付けは必ず守るのですよ?」
「う……うん……ぼく、ははうえのいいちゅけ……まもる!!」
――ぎゅうっと私の手を握ってくる魄の切なそうな顔を見てしまった私は縁日に行かなざるを得なくなってしまうのだった。
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