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やがて鬼となる母と魄と名付けられた息子との徒然なる日々――【夏の月】

◇ ◇ ◇ ◇ 「ねえねえ、ははうえ……これはなんでしゅか?これは……これは……っ……?」 「……これこれ、魄……母の言い付けを忘れてしまったのですか?」 縁日が開催されている【貧民街】に着くと、案の定――魄は目を輝かせながら、ちょろちょろと辺りを動き回ってしまう。 その度に、私や木偶の童子は魄の素早い動きに翻弄されてしまい慌てて駆けずり回るのだ。しかし、魄がはしゃぐのも無理はない。此処は、魄にとって――いや、王宮内という【鳥籠の世界】しか録に知らない私や木偶の童子にとっても【非日常の世界】といっても過言ではないのだ。 ふっ――と耳を澄ませば、 『どんっ……どどんっ、どん、どんっ――』 汗を流しながら貧民と見られる二人の男が必死で叩いている大きな和太鼓の音が聞こえてくる。 ふっ――と辺りに目を向けてみれば、 王宮では見た事すらない木で出来た屋台と呼ばれるものが幾つも立っている光景が飛び込んでくる。 ふっ――鼻をきかせてみれば、 その屋台と呼ばれる木で出来た台の上に乗せられている食べ物の香ばしい香りや甘い香りが辺り一面に漂ってくる。 そのような【非日常の世界】へと初めて足を踏み入れた童である魄が目を輝かせない筈もなく、誰かに注目されやしないかと心配する私や木偶の童子をよそに好き勝手に駆けずり回っているのだった。 ――ぴたり…… ふと、先程まで興味津々そうだった魄の足がある屋台の前で急に止まった。何故、魄が急に止まったのか気になった私は屋台の上に掲げられた看板へと目を向ける。 そこには――、 【金魚すくい】 と、上手ともいえず、かといって下手ともいえないような微妙な筆文字が書かれているのだった。

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