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やがて鬼となる母と魄と名付けられた息子との徒然なる日々――【夏の月】

◇ ◇ ◇ ◇ ――カラン……カラン、コロン…… 王宮へと引き返すための暗い夜道に三つの下駄の音が鳴り響く――。 「ちんぎょ……ちんぎょがほしい……ひっく……きれいな……ひらひらの……ちんぎょ……ははうえ……ちらいっ!!」 「――魄、まだ……そのような我が儘を言っているのですか?ほら、きかん坊の貴方をこわーいお月様が覗いていますよ?そんな事ばかり言ってるとお月様の怖い怖いお口がかぷっと開いて小さな小さな魄なんてむしゃむしゃ食べられてしまいます……分かったら、金魚の事は諦めなさい」 「…………」 と、口から出任せを言った私の様子を遠慮がちに見つめつつも――魄はその嘘をすっかり信じたのかただでさえ大きな目を更に見開いて恐怖を露にし、涙ぐみながら私の手の半分に満たない程の小さな手でしまった、といわんばかりに慌てて口を抑えるのだった。 「や……やだっ……やだ、やだ――だって、だって……ちんぎょをみた……ははうえは……わらってたもん……たのししょうに……わらってたもん……ぼきゅ……ははうえのこと……しゅきだから……わらっててほしいんだもんっ……」 「――は、魄……あなた……あなたは――」 ――知っていたのか。 ――私が夜な夜な愛しい人が一度も尋ねる事もない寂しさから涙を流し、嗚咽を漏らすのを……見ていたというのか。 (あり得ない……まだ、この子は――こんなにも幼いというのに……っ……) 「ちんぎょ……ははうえといっしょに……みたかったのに……」 ――ぎゅうっ……!! 気持ちよりも――咄嗟に体が動いていた。 涙をぼろ、ぼろと溢しながら……墨のように真っ黒な月に煌々と浮かびながら光を放つ三日月を見上げている魄の体をきつく抱き締める。 「……は、ははうえ……くるし……くるしいでしゅよ……」 「ごめんなさいっ……ごめんなさい――魄、母を思う貴方の気持ちを分からずに――理不尽に怒った私を……許して……許してください」 「うん、ぼきゅ……ははうえのこと……ゆるしゅ!!ぼきゅ、おりこうしゃんだもん!!」 その私と魄のやり取りを見て、微笑ましいと感じていたのか側にいて無言で見守っていた木偶の童子も魄の満面の笑みに釣られるように笑った。 ――そして、私達三人は虫の音が辺りに響き渡る夏の夜道を共に歩いて行き、王宮へと戻って行くのだった。

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