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やがて鬼となる母と魄と名付けられた息子との徒然なる日々――【夏の月】

◇ ◇ ◇ ◇ 『みーん……みんみん……みーんっ……しゅわ、しゅわ……』 ――がり、がり……がりっ……がり…… 余りの暑さから縁の下で涼んで内輪をはためかせていた私の耳に――僅かばかり不快さを抱かせてしまう程に喧しい蝉の鳴き声と、それとは打って変わって微笑ましさを抱かせてしまう程に心地よい氷を削る音が聞こえてくる。 「さあさ、魄様……尹様――出来ましたよ。これが、かち割り氷です。親切なある方から……氷削機を借りてきました。こうして、削った氷の上に練乳と甘豆をかける……そして、最後に水飴をかける――すると、絶妙に美味となるのです」 「わあ……かちわりごおり……おいしそうでしゅ……ち、ちゅめたいっ……!!」 「――木偶の童子、貴方……それ間違えていますよ?本来ならば……かちわり氷に水飴は……いれませんよ……魄、食べてもよいですが……あまり食べ過ぎないよう……にっ……」 「はい、ははうえも……あーんして?」 と、かちわり氷をすくった匙を此方に向けてきて愉快そうに微笑んでくる魄を見ると、木偶の童子が――かちわり氷の作り方を誤っている事など些細な事だと思い直し、そのまま私はゆっくりと口を開けるのだった。 ――しゃく、しゃく……と縁側に三人並んで座りながら頭がきーんと痛くなる程に冷たいかちわり氷を食べ終えると、途端に魄がもじ、もじと身を捩り始める。おそらく、かちわり氷を食べたせいで水っ腹になったのか厠に行きたくなったのだろう。 そんな様子に、私とほぼ同時に気付いた木偶の童子が身をもじ、もじと捩らせたまま困っている魄を厠へと連れて行ってくれた。 すると、暫くしてから――、 どた、どた…… と、盛大な足音を立てながら目を輝かせている魄が何故か嬉しそうに部屋へと飛び込んでくるのだった。 「ち、ちんぎょ……ははうえ……ちんぎょがいる!!ろうかに……ちんぎょが……っ……ほら、ははうえしゃまも――こっちきてっ……」 「ち、ちょっとお待ちなさい……魄!?」 確かに魄の言うとおり……廊下には金魚鉢を埋め尽くしてしまいそうな程に優雅に泳いでいるたくさんの金魚がいるのだ。 先程、木偶の童子と魄が――厠に行く時には無かったにも関わらず――。 と、その金魚鉢の側に半分に折り畳まれた白い紙がそっと置かれている事に気付いた私は訝しながらもそれを拾い上げると中身を確認した。 【ゆんのむすこであり、しろいおにのこ、はくへ……ささやかなおくりものだ……だいじにせよ】 ――その紙には、懐かしい私の幼なじみの字で魄に向けられた短い伝言が書かれているのだった。

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