30 / 89
やがて鬼となる母と魄と名付けられた息子との徒然なる日々――【秋の月】
「……うん、やはり……此処が穴場ですね。今は桜は咲いていませんが――葉も沢山落ちているし……それに、」
(それに王宮内で異分子として扱われている私達に奇異な視線を向ける輩も……此処には滅多に来ない――)
今は枯れ葉をその巨木に纏わせ、見目麗しい春の季節とは真逆となって地味な桜の木を見上げながら――木偶の童子は言葉を濁らせるが、私には彼が何を言いたいのか分かりきっていた。
それに、此処に存在しているのは養分を吸いとられたかの如く枯渇している桜の木だけで、他の場所には嫌というほど存在している柿の木は一本もないのだ――。
「さ、さあ……魄様――この木偶の童子と一緒に枯れ葉をかき集めましょう!!どちらが多くかき集められるか、競争です……もしも魄様の方が多くかき集められたら、ご褒美を差し上げます」
「うん……木偶の童子――と競争、競争する!!」
息子である魄も――私の理解者であり血の繋がりなど関係ない家族の一員である木偶の童子も、愉快そうに笑い合っている。その事実だけでも、段々と水を得て養分を吸いとり成長していく桜の木の如く、私の枯渇しきっている心を癒していく。
今、私の目の前で満面の笑みを浮かべながら泥まみれになり落ち葉をかき集めている魄は――私という枯渇した木にとっての【水】であり、無くてはならない存在だ。
今、私の目の前でやんちゃ盛りの魄に振り回され僅かに困惑しつつも楽しそうに落ち葉をかき集めている木偶の童子は――私という枯渇した木にとっての【養分】であり、欠いてはならない存在だ。
そんな事を思うと――自然と口元が綻び、落ち葉を拾いあげて駆け寄ってくる二人の元へと近寄って行く私なのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
ごう、ごうと燃えている落ち葉の山から出た白い煙たちが――真っ青に晴れ渡る空へと吸い込まれていく。
秋のいわし雲は、もしかしたら――今燃やしている落ち葉の山から出た煙なのではないか――と愚かな事を思ってしまう程に、存在感を放ちながら秋の空全体を埋め尽くすかの如く浮かんでいる。
「そうだ、魄様――この落ち葉の山の中にご褒美が隠れていますので……少しお待ち下さい。そろそろだと思うのですが――」
――ばちんっ
「い……いたっ…………!?」
ふいに、燃やされている落ち葉の山の中から何かがはぜて私の方へと飛んできたため咄嗟にその実を庇った。その飛び出してきた何かは腕に当たったが、大した痛みもなかったため驚きはしたものの――とりあえずは安堵し胸を撫で下ろした。
「母上様……だ、大丈夫でございますか?」
「ええ、平気ですよ……ほら、単に栗がはぜただけですから……はい、これは魄の……ご褒美――」
「い、痛いの……痛いの……飛んでけーっ……」
と、魄が照れくさそうにそっぽを向きながら――はぜてきた栗が当たった私の腕をすり、すりと耳まで真っ赤にしつつ優しく撫でてきたので――私は思わず吹き出さずにはいられなかった。
そして、その事で多少だが食欲が出てきた私は――魄と栗が腕に当たってしまった事に対して謝り倒してきた木偶の童子と共に――ほっくりと焼かれたさつまいもを食べるのだった。
その甘い甘いさつまいもは――私の辛さや悲しさを少しだけ忘れさせてくれたのだ。
「あ、あの……あの……俺も――ご一緒しても……宜しいですか?」
「あ……あなたは――っ……何故、此処に……?」
唐突に、あの魔獣じみた守子の爺の息子である翻儒が現れたため――思わず、さつまいもを落としてしまいそうになる程の衝撃を受けた。
突如現れた見知らぬ翻儒に対して興味と多少の不安を露にする魄とは対象的に、木偶の童子は翻儒に対して怒りと嫌悪を露にしながら彼を蛇のように鋭い目でじろり、と睨み付ける。
「あなたも……宜しければ、どうぞ――」
「なっ……何故です……尹様――何故、このような輩を……っ……」
――木偶の童子が怒りを露にするのも無理はないかもしれない。
だが、私が口元に人差し指を当てて、しいっ……という動作をすると――木偶の童子はそれ以上は何も言おうとしなかった。
「……母上、あの……この童は――どなたですか?」
「魄、いずれ……あなたの友達となる子かもしれません……仲良くしておきなさい」
こうして、私の家族の一員に新たに【翻儒】が加わる事になるのだった――。
ともだちにシェアしよう!