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やがて鬼となる母と魄と名付けられた息子との徒然なる日々――【冬の月】

厠へ向かう途中、そそくさと廊下を早足で通り過ぎようとした私は――向かい側からすれ違い様に二人の守子から視線を向けられたものの、特に奇異なものではなく――ほっと安堵した。 その時――、 「聞きましたか……××殿の息子である黄蝶様と――胡蝶様が行方不明だとか……」 「まったく……いくら王様が秘密にしてるとはいえ物騒ですな……そういえば、父親である××殿も……に……だとか……」 ひそ、ひそと声を潜めているとはいえ……昔から聴覚が過敏な私は否が応にも聞こえてきてしまう。 そして、自覚するのだ――。 今、私は口元を微かに歪めながら微笑んでいると――。 忌まわしい黄蝶と胡蝶が行方不明だ、と聞いて心の底から喜びを感じているのだと――。 ◇ ◇ ◇ ◇ ――ばた、ばた……どた……ばた…… 「ん……んんっ……」 王宮の廊下が――やけに騒がしい。 季節柄、国の王である桜獅の誕生を祝う行事が間近に控えているとはいえ、まだ暫く先の事なのでその準備で守子達が駆けずり回っている― ――というのは考え難い。 しかも、まだ夜が明けたばかりで外から雀の鳴き声しか聞こえない時分だというのに――。 ふっ――と目線を横に向けると私の目にすやすやと眠っている木偶の童子と魄の姿が飛び込んできて、ほっと胸を撫で下ろす。 (とりあえず……二人が無事でよかった……にしても、一体……こんな朝早くから何を騒いでいるのか……) どうしても気になった私は――全身を少し厚手の白衣で覆い、冬の寒さで凍えぬように防寒具を身に付けると――そのまま、眠りについている二人を起こさないように慎重な足取りで寝所から出て行こうと歩みを進める。 ――ぴたり…… 寝所を出て行こうとした直前で僅かな違和感を覚えた私は一度足を止めると、振り返ってから――ぐるり、と辺りを見渡してみる。 (――独楽が……昨日、魄が遊んでいた独楽がない……出しっ放しにしていた筈なのに……一体、何処に……) と、もやもやした気分になってしまったが流石にすやすやと幸せそうに眠っている魄を叩き起こして問いただす訳にはいかないため、怪訝そうに眉を潜めつつも――私は寝所を出ていき、大勢の守子達に紛れて彼らが大騒ぎしている現場へと向かって行くのだった。

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