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やがて鬼となる母と魄と名付けられた息子との徒然なる日々――【冬の月】

◇ ◇ ◇ ◇ 「こうして、面と向かって話し合うのは――何だか久方ぶりな気がします。魄、あなたは私に何か言いたい事が――もしくは聞きたい事があるのではないですか?」 「それは、その……」 「大丈夫、あなたが何を言ったとしても――あなたに対しては怒りはしませんから。ただ、あなたの口からこの痣が何故できたのか……本当の事を言って欲しいのですよ」 ぽろ、ぽろ――と途端に魄の大きな瞳から涙が溢れ始めたため、私はその身をぎゅっと抱き寄せると――魄が幼い頃によくしてやったように頭を優しい手つきで撫でる。 「母上……母上……母上の事、無視するような事をしてしまって申し訳ありませんっ……で、でも……でも……怖かったのです……私の手に痣をつけたあの方達が……母上にまで酷い事をしたらと思うと……怖かったのです……っ……本当は――そんな事……したくなかったのにっ……」 しゃくりあげながら、涙を止めどなく溢れさせてぐしゃぐしゃになった顔を私に向けながら魄が必死に訴えかけてくる。 「先程……廊下を歩いていたあの童子達に……乱暴されたのですか?魄、その者らは……あなたに何と言って酷い事をしたのです!?」 「……い、意味はわからないのですが――母上の事を……いんらんないぬ……と言っていたり、いんらんないぬを酷い目に合わせたくなければ……黙って殴られていろと――っ……母上、僕はあの方達を怒らせるような事をしたのでしょうか?」 まるで、全身が地獄の業火に焼かれるが如く――怒りと憎しみに支配された私はある決断をする。どうしても、これだけはしたくはなかったのだが、魔獣じみた愚かな守子共の手が魄に迫っているというならば――そんな悠長な事は言っていられない。 「……魄、これからは……いいえ、明日からは私を母上と呼んではなりません。尹医師とお呼びなさい……それと、私とあなたはこれから離ればなれで暮らす事になります……ですが、あなたが私を母上と呼ぶ事を決してしないと誓うのなら――私はあなたとこれまでと同じように接します。これも、あなたを……大好きなあなたを守る為です……わかりましたか、魄――?」 「で、ですが……母上……何故、何故……母上と呼んではならないのですか……母上は母上なのにっ……」 「今は言えません……いずれ、言える時が来たら私からあなたに話します……母上との約束、守って下さいますね?」 尚更、大きな瞳に涙を溢れさせ――魄は、こくりと小さく頷いてくれた。 その後、先に木偶の童子達がいる場所に戻っていなさいと魄な告げた私は、その小さな背中を見送った後で氷が張る池を見つめつつ――これから何をすべきかという事を改めて思案してから、木偶の童子達のいる場所へ戻るために重い腰をあげて立ち上がる。 ――すると、 「……尹よ、本当にそれでいいのか?それが――あの魄とかいうお前の息子のためになるとでもいうのか?」 「……狂善――以前にも言いましたが、貴方には関係なき事です」 神妙な顔つきをして私の進路を憚ろうとしている幼なじみの狂善と鉢合わせ、思わず後退ってしまうのだった。

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