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王と王妃と白い鬼の息子との徒然なる日々――【春の月】
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――世純の部屋と深夜の桜の木の下で話した日から、数日が経った。
あれから、我と魄――そして我らの愛しい息子の尹儒は【隠喜野村】へと遥々やってきたのだ。家族水入らずとはいえ、数人の守子達を警護や役として連れてはいるが、彼らが共にするのは主に道中だけのため、四六時中――側で待機している訳でない。そのため、我の心中は気楽で――辺りに漂う綺麗な空気が尚更澄んだもののように感じられ、王宮内にいた時には心労ばかりで気の休まる時がほとんど無かった我は今晩泊まる安宿へ降り立った時、すうっと大きく深呼吸した。
しかも、世純が尹儒のためになれば――と、この間部屋にいて彼の周りを愉快そうに駆け回っていた童達を親に持つ守子達を我々の警護役にするように、ひっそりと手回ししてくれていたため――なんとなく安心出来たのだ。
王宮内から初めて慣れない外の世界へと出た尹儒も、人見知りとはいえ……齢の近い彼らに遊んでもらったり、頭を優しく撫でて貰ったりしているため、とてもご機嫌そうで我は心の底から安堵するのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「いやぁ、いやぁ……ようこそお越し下さいました……こげに汚ねえ所ですけんど……どうぞ、どうぞおくつろぎ下せえませ……」
「あんれぇ、まあ……めんこい童子様でごぜえますねえ……流石はこの国の王子様となる童子様ですこと……失礼ながらお名前はなんと……?」
安宿に一歩足を踏み入れるなり、宿の女将とその主人であろう中年の夫婦がにこやかな笑みを浮かべながら、僅かばかり遠慮がちに出迎えてくれた。
我々が国の未来を担う責任者だから遠慮しているのだろう。
しかし、王宮内に漂うような……ぴり、ぴりとした互いに疑心暗鬼となるような嫌な空気ではなかったため安心した。おそらく、単に我々が王族という立場だから生理的に緊張しているのだろう。
もう、日が沈みかけている――。
そろそろ、夕げを振る舞いますとの中年夫婦の言葉に従い、我々家族はわくわくしながら彼らの後を着いて行くのだった。
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