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王と王妃と白い鬼の息子との徒然なる日々――【春の月】
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「さあさ、どうぞ召し上がって下さいませ……春の食材をふんだんに使いましただ……お口に合えばよろしいのですけんど――」
筍のご飯に蕗の煮物――。
それに、鰆をまるごと焼いた料理――。
なるほど、確かに春が旬の食材がふんだんに使われ――部屋中に香ばし香りが漂っている。このような料理は、外の世界ならではだ。王宮には専属料理人らがいて、豪華なものの形式どおりで真面目な料理ばかりで時々、味気がなく刺激が少ないとも思う。専属料理人の苦労を卑下する訳ではないものの、中年夫婦が出してきた見慣れぬ料理を目にした途端――我も魄も尹儒も三人揃って、ほろりと笑みが溢れてしまうのだ。
「まんま、まんま……これ……なあに?ははうえ、ちちうえ……」
と、先ほどから眠気のせいか若干ぐずりかけていた尹儒がまるごと焼いてある鰆を見つめながら興味深そうに目を輝かせている。
「……ああ、これは鰆という魚だ――」
「しゃわら……しゃわら――……ちんぎょより……おおきいのでしゅ……」
――そうか。
ずっと【王宮という鳥籠】の中で暮らしてきた尹儒は部屋に置かれている鉢の中で泳ぎ回る金魚しか生きている魚を見た事は無かったのだ――と改めて思う。
そんな我と尹儒のやり取りを微笑ましそうに眺めていた中年夫婦が、この近くに川があり――そこに鰆の他にも魚が沢山泳いでいるから明日見に行っては如何か――と少し遠慮がちに提案してくれた。
ここは、中年夫婦の提案に乗り――明日、三人で川に行ってみる事にしようと思った我の顔から自然と笑みが零れてしまうのだった。
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