54 / 89

王と王妃と白い鬼の息子との徒然なる日々――【夏の月】

「魄……っ……それに――王様と尹儒様もご一緒だなんて……!?それにしても、こんな場所で何をしておられるのですか?」 「…………」 我々を見つけた薊は元から端正な顔立ちが更に引き立つ程に美しく微笑みながら、意気揚々と此方まで駆け寄ってきたのだが、世純と薊の腕に抱かれながら僅かに涙ぐんでいるように見える男童は明らかに戸惑いの表情を浮かべている。いや、それどころか薊に抱えられている男童に至っては――我々家族を蛇のように鋭い目付きで睨み付けてくるのだ。 世純の場合は、単に面倒事に巻き込まれたから我々に対して憂鬱そうな顔を向けていると察する事は容易かったが、なぜ尹儒とそう齢が変わらなそうな男童が我々を睨み付けてくるのか想像すらつかなかった。 それにしても、久方ぶりに薊に会ったが――かつてとある島の郭にいた時とは違って、今はすっかり上品な言葉使いになっている。おそらく、必死で王宮に過ごす上で相応しい話し方を覚えたに違いない。それに、変わったのは言葉使いだけではない。 その美しい立ち振舞いも、端正な顔立ちも郭にいた頃から比べると段違いだった。じっ……と見つめていると、思わず鼻の下が伸びてしまいそうになる。 ――ぎゅうっ…… 「……っ…………!?」 「……浮気は――許しませんからね?」 無意識のうちに薊に対して鼻の下を伸ばしてしまっていたのだろう――。 にこ、にこと顔では穏やかに微笑みながら、魄から尻を後ろからつねられてしまった。無論、薊達には気付かれないようにひっそりとだったのだが、その魄の冷たい声は、思わず背筋が凍ってしまいそうなものだった。 ――その時、 「ははさま、ははさま……もう、おろしてくださいませ……はくおうは、ここにはいとうございませぬ!!はくおうは、ひとりでもどります」 「なんと――転んだだけであれ程、薊の手の中でぎゃんぎゃんと泣きわめいていたというのに……そのような強がりを申すとは――お主は照れ隠しが下手よのう……」 「ち、ちちさま……ちちさまなんてきらいでございますっ……いじわる、いじわる……っ……」 急に薊の手の中で抱かれながら涙ぐんでいるように見えた男童がぐいっと着物の袖で涙を拭うと、そのままふてくされてしまったかのような口調で薊へと言い放つ。すると、すかさず意地の悪い世純が男童をからかうように言い返してきたのだが、そのせいで【はくおう】なる男童の目には再び涙が溢れ、ぽろぽろと零れて着物を濡らしていく。 「……これ、しゅいか……あまーいの、おいしいの……まだ、たくしゃんありゅから……どうじょ……はい、あーん……」 「……っ…………!?」 と、その光景を見た尹儒がまだ残っている西瓜の切れ端を手に持ちながら――とこ、とこと覚束ない足取りで再び泣きわめいてしまっている【はくおう】なる男童の元へと歩み寄っていき、満面の笑みを浮かべつつ、呆然とする彼の口元へと西瓜の切れ端を持っていくのだった。

ともだちにシェアしよう!