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王と王妃と白い鬼の息子との徒然なる日々――【夏の月】

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 尹儒が【はくおう】なる男童から突飛ばされ、火がついたように泣きわめいた日から二日後の夜のこと――。 我々三人はまたしても家族水入らずで王宮から少し離れた場所に存在する《貧民街》で行われている縁日とやらに来ていた。 尹儒がどうしても泣きわめくのを止めなかったため、困惑してしまった我は《貧民街》で行われる縁日に連れて行ってあげるから機嫌を直してくれ、とついつい口走ってしまったのだ。おかげでここ数日、公務という書類仕事に追われ正直に言ってしまえば、身も心もくたくただったのだが――今、ぎゅーっと我と魄の手を熱心に握りつつ満面の笑みを向けてくる尹儒を見ると、そのような疲れなどすぐに吹き飛んでしまうのだ。 「尹儒……人がたくさんいるので、一人で勝手に歩くのは――めっ、ですよ?尹儒は、いいこですから私の言う事は分かりますよね?」 「はい、ははうえ――あっ……ははうえ、あれななんでしゅか?あのもくもくしてる、おそらにうかぶ……くもみたいなのは……っ……」 「ああ……あれは、わたあめですね――食べてみたいのですか……尹儒?」 と、魄が穏やかに微笑みながら尹儒に問いかけると――何故か、尹儒はもじ、もじと身を捩らせながら――ちらり、と袋に入っている雲のような綿飴を一瞥する。 「どうした、尹儒……何か気にかかる事でもあるのか?」 「あの……くもみたいな……わたあめ――あのおにいしゃんに……あげたいのでしゅ。でも……でも……あのおにいしゃん……ぼくのこと、おこってた……きらわれたかもしれないでしゅ……」 「尹儒……それは、あの子が単に驚いただけだと思うぞ――。きっと急に尹儒から顔を近付けられて照れくさかったのさ。少なくとも、悪い子じゃない筈だ。父親の言葉を信じて、これで綿飴を二つ買ってきなさい……帰ったら私と一緒に渡しに行こう」 「は、はい……ちちうえ、あの……あ、ありがとうございましゅ……」 『ひゅるるるっ……どぉぉんっ……!!』 と、その時――どこかから墨汁のように黒一面の夜空に彩りの花火が打ち上げられる。 鼓膜まで刺激してくる程に大きな音が辺りに響き渡り、我々三人は驚いた表情を浮かべつつも、一斉に真上へと目線を向けるのだった。

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