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王と王妃と白い鬼との徒然なる日々――【夏の月】

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 「良かったな……尹儒。お魚さん、いーっぱいとれて」 「うん……ちんぎょ……たくしゃんとれた。これで、あのおにいしゃんもよろこんでくれるかな――」 「ああ、きっと……よろこんでくれるさ。あのお兄さんの父上は――よろこばないかもれしれないけれどな」 と、水がたっぷり入った袋の中で優雅に泳ぎ回る金魚を満足そうに眺めながら尹儒が興奮気味に言ってきたため、その微笑ましい様子から思わず自然と笑みが零れた我は愛らしい我が子の体を抱っこしながらそう答えた。 我々は名残惜しかったものの、そろそろ王宮へ戻るために【貧民街】を後にすると、美しい鈴虫の声と――ざわ、ざわと風が吹く度に聞こえる草の擦れる音を耳にしながら提灯を手に持って暗い夜道を歩いているのだ。 「ほら、ははうえ……きれいな――ちんぎょ、ちんぎょ!!あかいのと……くろいのと……あかいのとくろいのがまじったのと……ねえ、ははうえ……なじぇ、かなししょうなの?」 と、急に我の体から降りた尹儒が何となく憂鬱そうな顔をしながら我らの後ろを歩いていた魄へと、とことこと歩み寄ってから――子供ながらに遠慮がちな様子で魄へと尋ねる。 「何でも……ありませんよ――尹儒。ただ、何故だか……その金魚達を見ていると……胸が締めつけられるように切なくなってしまうのです。でも、それはあなたのせいではありませんから――金魚を可愛がってあげなさいね。いくら何でも、全部の金魚をあげる訳にはいきませんからね。そして、命あるものを育てあげることの大変さと尊さを学びなさい……愛しい我が子――」 「はい、ははうえ……ぼく……ははうえも、ちちうえも――だーいちゅき!!だから、なかないで……ははうえ……だいちゅきな、ははうえがなくのをみてると……ぼくまで――うっ、うっ……うぇぇぇん……っ……!!」 「尹儒……尹儒……あなたまで……泣かないでください……じゃないと、今まで必死で心の中にしまって耐えてきた私の幼い頃の切ない記憶が――蘇ってきてしまって……私まで……」 ついに、魄までもが尹儒と同様に――ぽろ、ぽろと涙を流してしまう。我は彼らの夫と父として必死で宥めようとしてみたのだが、二人とも泣き止む気配がない。特に、魄に至っては今まで耐えてきたものが爆発し堰をきったかのように大粒の涙を流しながらわん、わんと子供のように大泣きしてしまっている。 (今まで耐えてきた――今は亡き魄の母上との思い出が蘇ってしまったのか……それにしても困った……何か彼らが泣き止むきっかけが――ないものか……) と、慌ててきょろきょろと辺りを見回していると――ふっとある生き物が夜の闇の中に飛んでいる光景が我の目に飛び込んできたのだった。

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