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童子は母の夢をみる

※ ※ ※ 『木偶の童子――いずれ、私の第二の子と言っても過言でない貴方が私の役目を継ぎ、息子の魄を守る事となるでしょう……その時は__貴方が……魄を支えるのです……分かりましたか?』 __夢の中というものは、つい張り詰めていた気が緩んでしまうものだ。 __いつも冷静さを取り乱さないようにしているにも関わらず夢の中というものはかつて己が母と慕ってきた――今は存在しない筈の人が遺言となってしまった言葉を優しく笑みながらかけてくる程に心身共に無防備となってしまうものだ。 (はあ……勘弁してくださりや――これは、もう……今宵は眠れそうにないやな……しかし、尹様……やはり――貴方は心身共に気高く美しい……思えば――昔からそうだったなりや……っ……) のそっ……と布団の中で横たわらせていた体をゆっくりと起こすと――軽くため息をついてから、月明かりが照らしている中庭へと足を運ぶ。この先、どうしたって眠れそうにないと魔千寿は潔く悟ったからだ。 それに、夏の熱帯夜のせいだからなのかもしれないが――先程から汗が体に纏わりついて鬱陶しい。まるで、夢の中に出てきた母と慕っていた尹様が生前してくれていたように背後から己をぎゅうっと抱き締めてくれているかのようだ。 頬を――冷たいものが流れている、と理解した魔千寿はこれ以上感傷に浸らぬように生暖かい夜風に曝されながらも、ある場所へと歩みを進めていく。 魔千寿がもわっとする夜風に吹かれつつ辿り着いた場所ーー。 それは――昔からずっと王宮内に一本だけ聳え立ち続け、夏のため――すっかり桃色から緑に染まりきっている立派な桜の木の真下なのだった。 と、その時―――、 足元に何かが当たったような感覚がして、目線を下に向けてみた。それは、蝉の脱け殻で――魔千寿は、かつて己が童子の頃に尹と出会った時の記憶を思い浮かべてしまうのだった。

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