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童子は母の夢を見る【夏の月・起】
「おい____おまえ――もしかして……木偶の童子とかいう、この屋敷に住まう新しい奉公人か?何を……めそめそと泣いてんだよ__男のくせに情けない奴!!」
「……っ…………!?」
急に真上から声をかけられた木偶の童子は泣くのを止めて慌てて目線を上へとあげる____。一人の童子が木登りをしていた。口に饅頭らしき物を頬ばりながら己を見下しているその様は、粗野で尚且つ荒々しい態度で__とてもじゃないが育ちが良さそうには思えない。
その時になって、木偶の童子は育ての親であり大好きだった楊が口を酸っぱくして忠告していた言葉を思い出した。
『いいか、でく……奉公先の屋敷に行ったら主人である姜厳様の一人息子__尹様と上手くやるっちよ?姜厳様は一人息子の尹様をそれはそれは目に入れても痛くないくらいに大層可愛がられているやき。とにかく、姜厳様に対しては気遣いをするのは当然やが……尹様に対しても気遣いを忘れずにやるんや。多少、理不尽な目に合っても____屈辱的な事があってもぐっと堪えるのも時には大事な事や。命まで奪われたら__元も子もない……それを肝に命じとけ、いいな?』
楊と別れる前に__ぎゅう、と固く手を握られながら己に対して忠告していた言葉を思い出した途端、一度は我慢していた育ての親との切ない別れの記憶が一気に吹き出して、またしても木偶の童子は膝を抱えながら泣きそうになってしまう。
(もしかして……今、我を真上から偉そうに見下してきているのが__ととさまの言っていた尹様なのだろうか……だとすると、我はとてもじゃないけれど上手くやっていけそうになんか……)
「____ねえ、どうして君は……さっきから泣いているの?可愛らしい顔が___台無しだよ?」
すると、すぐ側から___肩をたたかれてまるで女の子のように澄んだ綺麗な声を持つ男の童子が木偶の童子へと尋ねてきた。
そのせいで、びくっ……と肩を震わせた木偶の童子は声を駆けてきた男の童子が立っている方向へとおそるおそる顔を向ける。
そこには、高貴な身分の童子にしか身に纏う事が許されない藤色の着物を着て黒髪に黒縁眼鏡をかけた、いかにも育ちが良さそうな男童が立ちながら___今にも再び泣き出しそうになっている木偶の童子を心配そうに見つめてくるのだった。
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