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童子は母の夢を見る【夏の月・起】
「僕は尹っていうんだ。もしかして__君が今日から住み込みで奉公するという新入り?先程、父様が教えて下さったんだ……まさか、こんなにも僕と近しい年頃だなんて……仲良くしないとだね、凶善?」
ふと、この屋敷の主人である姜厳の息子__尹が穏やかな笑みを浮かべたまま、目線を木の上へと移して、ついさっき木の上から【でく】へと話しかけたもう一人の男童(凶善というらしい)へと愉快げに話しかける。
「ふん、そんな__何処の馬の骨とも知らない奴となんか……仲良くなんか出来るか。大体、いくら尹のお父上が雇った奉公人とはいえ……貧民街から来た奴なんか……んぐっ……」
木の上から軽快な動きで地へと降り立った凶善はどことなく不愉快そうな顔つきをしつつ、じろりと険しい目付きで呆然と立ち尽くしている《でく》を睨み付けながら文句を言い放っていた。
しかし、すぐに尹に口元を塞がれて文句を言えない状態にされてしまった。それが気に入らない凶善は不貞腐れつつも僅かに罰が悪そうな表情を浮かべながら《でく》へと近づいていく。
「……おれは__凶善だ。さっきは……その……悪かったな。だけど、尹に迷惑をかけたり傷つけたりしたら承知しねえからな……それで、おまえの名は?」
「でく……」
「何だ、それ……変な名だな」
凶善が心の底から可笑しそうに微笑んだ時、何故かは分からないけれど《でく》は何ともいえない胸の高鳴りを感じた。
そんな会話のやり取りを三人は暫くの間していたのだけれど、ふいに背後から陰が差して誰かが忍び寄ってきた気配がした。慌てて、ほぼ同時に三人が振り向くと、そこにはこの屋敷の主人である姜厳が険しい顔つきをしながら堂々とした素振りで立っていたのだ。
「成る程……貴様が__楊が育て上げたという《でく》とやらか。凶善よ、良い事を教えてあげよう。でくというのは、このように書く。《木偶の棒》__という言葉も同じ字を書くのだ。名が示す通り、役立たずそうな童子だ……これからは貴様を木偶の童子と呼ぶ事にしよう」
いつの間にか現れた姜厳は、身を屈めて地面に落ちている木の棒をひょいっと拾い上げると__がり、がりと音を立てながら【木偶の棒】と【木偶の童子】という言葉を書き上げて、じろりと《でく》改め__木偶の童子の体を値踏みするかのように上から下まで見つめていった。
「尹よ……お前は勉学の時間だろう?凶善と共に先に屋敷に戻りなさい。凶善__尹を頼むぞ?」
「か、畏まりました……姜厳様」
と、突然__先程までとはうって変わって別人のように穏やかな笑みを浮かべつつ尹の頭を優しい手つきで撫でながら姜厳が言った。すると、ちらりと気まずそうな目付きで凶善が木偶の童子へと目線を向ける。その後、尹と凶善は屋敷へと戻るために木偶の童子の脇を通りすぎようとしたのだが、その際に凶善が何かを握らせた。
勿論、姜厳に気付かれないように慎重な素振りでだ。それは美味しそうに熟した小振りの桃の実だった。
後で、こっそり食べろよ___といわんばかりにすれ違う瞬間に凶善は木偶の童子に片目を瞑って合図した後、尹と共に屋敷へと戻って行った。
「淫乱な楊同様__見目だけは悪くないようだが、そっち方面で使い物になるか……私が判断してやる。今すぐ、その薄汚れた襤褸を脱げ__そして、女のように股を開いて媚びてみろ」
「……っ…………!?」
耳元で囁かれ、木偶の童子はあまりの恐怖に何も言えなくなってしまった。それをよいことに、姜厳はにやりと下品な笑みを浮かべると強引に木偶の童子が身につけている襤褸を引き裂くくらいの勢いで有無をいわさずに脱がせていってしまうのだった。
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