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童子は母の夢を見る【夏の月・転】

「あ、あなたは……どなたでございますか?そ、それに__何故、そのような事を……っ……」 「ほう……貴様__いい度胸をしておる。よもや、余の問いかけに答えぬというのではあるまいな!?その傲慢な態度は見過ごせぬ……今、この場で頭を垂れ、平伏するがよい。さすれば、先ほどの無礼は無かったとみなそうぞ」 唐突に現れ、名も名乗らずに偉そうな態度をとる人物に対して木偶の童子は無性に腹が立った。育ての親である楊から「他人に接する時は必ず己の名を名乗ってからにしなさい」と口を酸っぱくして言われたからだ。それだけでなく、初対面にも関わらず「貴様」と呼ばれた事に対しても気にくわなかった。 「何故、そのような行為をせねばならぬのですか……そもそも、名を名乗らぬ方に……っ____」 ____「命令される筋合いなどございません」と語気を強めて言い放とうと思った矢先、屋敷の方から慌ただしく坊主が駆け寄ってきた。こちらも屋敷内では見た事がない男だ。 「こんな所におられたのでございますか……っ__桜獅様!!屋敷の御主人がお待ちでございます__後生ですから、置物のごとき先代王のように大人しくしてくださいませ。桜獅様は王宮にとっていなくてはならぬ存在なのでございますよ」 「……っ____分かっておる。明徳よ……お主――普段は余を疎ましく思っている割に……このような場では余を気にかけるのだな。流石は……余の権力を奪おうとしているだけのことはある」 「桜獅様……また、そのような戯れ言を……私は貴方様を心配しているだけでございます」 そんな二人のやり取りを呆然と見つめていた木偶の童子だったが、ふいに大変に無礼な態度をとってしまったと我にかえると慌てて土下座をし頭をさげて額を地面に擦り付けるようにぴたりと着けた。 「お、桜獅様……?では、あなた様は……王子であられるのですか?し、失礼致しました……そうとは知らず、とんでもない無礼を……っ……」 「もう良い……余は__屋敷へ戻る。そうでもせぬと、そこの明徳が喧しきゆえな。だが、貴様には先ほど問いかけた事の答えを聞いておらぬ……余は桜獅。この国の第一王子だ……貴様の名は何と言う!?」 「で、木偶の童子で……ございます」 「木偶の童子__なんと珍妙な名じゃ。だが、貴様の名は覚えた。余は今宵はこの屋敷に泊まる故、宜しく頼む。さて明徳よ、余は屋敷に戻るぞ……お主も来るがよい。まあ、お主は余と共になど来たくないのであろうが……」 桜獅と名乗った王子は、嫌悪を滲ませた目でじろりと睨み付けつつ素っ気なく一方的に明徳なる坊主へと言い放つと――くるり、と背を向けてから背後を振り向くことなくさっさと屋敷の方へと歩き始めてしまった。 その瞬間、明徳なる坊主の態度が豹変した___。 「ふん……先代王のように周りの輩を魅了するほどの美しさもなく、ましてや王となる才覚もない生意気な餓鬼め。我々の傀儡でしかないくせに、調子にのるでないぞ……今に見ておれ__」 ぼそっ__と明徳なる坊主が呟いたのを、木偶の童子は聞き逃さない。 それゆえに、先ほどとは別人のように恐ろしい顔つきで此方へ鋭い目線を向けてくる明徳を怯えつつも凝視してしまうのだった。

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