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童子は母の夢を見る【夏の月・転】

「おい、貴様……先ほどから、何をじろじろと見ておるのだ!?得体の知れぬ薄気味悪い餓鬼め。貴様の体から__いいや、むしろ魂というべきか……毒々しい気配が滲み出ておるぞ。周りの輩を破滅に向かわせる気配が____」 「…………っ____?」 「ふん……だんまりか。つまらん餓鬼だ____退け、わしも屋敷に戻る。このように小さき屋敷の下人の餓鬼になど構っておる時間などない」 何時如何なる時も穏やかな態度を崩すべきではない坊主――しかも、おそらくは王の護衛という立場らしからぬ荒々しい口調で明徳なる男は木偶の童子へと言い放ってくる。 明らかに立場が下である木偶の童子を軽蔑し、尚且つ蛇のように纏わりつく粘っこい嫌な視線を向けられて、じろじろと見定められている気まずさから慌ててその場から立ち去ろうとした。 それは、どん__っと勢いよく木偶の童子の体にぶつかった明徳が、ぎろりと睨み付けながら屋敷へ戻るために歩き始めようとしたのとほぼ同時のことだ。 しかし、ひとつやり忘れた事があったのを思い出した木偶の童子は再び身を屈めてから【事切れてしまった哀れなる幼虫】へと目線を落とす。そして、ぴくりともしないその物体を拾い上げようと急いで手を伸ばす。 「貴様、それを如何様にするのだ?それは、もう__役立たずなのだぞ?いったい、何のために……貴様の汚い手中に収めようというのか……わしの目をまっすぐ見ながら答えよ」 「そ、それは____もしかしたら、まだ生き返るかも、と思ったゆえです。もしも、そうなった時に……ここにいたら誰かに踏まれてしまうから――だから……っ……」 「貴様が拾い上げ、育て上げようというのか?なるほど、なるほど___実に妙な考え方をする餓鬼だ。前言撤回……貴様はつまらん餓鬼などではなかった。木偶の童子、わしも役立たずの王子同様に貴様の名を覚えておくとしよう……いずれ――深く関わり合うことになるであろうからな」 わざわざ、屋敷に戻ろうとしていた足を止めて身を翻した明徳なる坊主が先ほどとは打ってかわって穏やかな笑みを浮かべ、尚且つ媚を売るかの如く甘い声色で金糸枝の脇に身を屈めて【既に事切れた幼虫】を拾い上げ満足そうな笑みを浮かべている木偶の童子の元に近づいてくると、ぼそりと耳打ちしてから今度こそ屋敷へと戻って行くのだった。 『禍厄天寿様___この言葉を……いや、存在を……その穢れた魂に刻みこむがいい……いずれ深く関わり合う際に必要な事ゆえな』 その明徳なる坊主の満足げで愉快げな囁きが、木偶の童子の頭からこびりついて離れてはくれないのだった。

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