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童子は母の夢を見る【夏の月・転】

◆ ◆ ◆ 普段は虫の音がりぃん、りぃんと聞こえてきて静寂の中にも僅かな音が響く中庭だけれども今宵はまるで特別だといわんばかりに、しんと静まりかえっている。時々、風が吹き――木葉が擦れ合う音が聞こえてくるくらいだ。 右脇には金雀枝の木が植えられており、満開とはいえないまでも、夜空に月のような黄色の花が咲いていて、酸っぱさと甘さが入り交じった芳香を漂わせ木偶の童子の鼻を刺激する。 「あの、明得殿……先程、話していた禍厄天寿__とやらは、このような場所に――おられるのでございますか?」 「木偶の童子よ、屋敷の主の従者でしかない惨めなことこの上なき貴様が――調子にのるでないぞ。禍厄天寿様を呼び捨てにするとは、愚かなことこの上ない。ただちに、土にへばりつき土下座せよ……さすれば、海のごとき心の広い禍厄天寿様は許してくださるやもしれぬ。さあ、土下座するのだ__はよう!!」 明得のあまりの剣幕に面食らった木偶の童子は、びくっと体を震わせるが言われるがままに地面に額を擦りつけて土下座する。 風が吹く度にざわざわと擦れ合う木葉の音を耳にしながらも「申し訳ございません、申し訳ございません」と同じ言葉を繰り返しながら必死に謝り続けた。 すると____、 「善きかな、善きかな……木偶の童子よ。お前が素直なおかげで禍厄天寿様もご機嫌となられたようじゃ。お前にならば、その崇高なる御姿を晒してもよいと申されておる。ほれ……いい加減、面をあげ……此方へ来てみるがよい」 「あ、有難き幸せにございます。明得殿____」 面をあげた木偶の童子は、遠慮がちに明得へと礼を述べると、ゆっくりと体を起こして立ち上がり、おそるおそる明得がおいで、おいでをしながら誘う金雀枝の元へと歩み寄って行く。 其処には、薄暗いせいで中がどうなっているかは、よく見えないものの――ぽっかりと大きめの穴が開いているのはかろうじて分かった。 (こんな穴……元々、開いていただろうか……それに__中から何かぼそぼそとした声が聞こえてくるような気がするけれども、いったい、これは……っ__) どういうことなのだろうか、と――疑問と僅かなる好奇心、それに不安を抱きつつも明得曰く「この穴の中にいる」という禍厄天寿の御姿に果てしない興味を覚えていた木偶の童子は無意識のうちに口角を上げながらはやる気持ちを必死で抑えようとしつつ金雀枝の下に開いている黒穴を身を屈めて覗き込む。 その瞬間、木偶の童子は背後から音もなく――いつの間にか忍び寄ってきた何者かによって、どんっ__と勢いよく黒穴の中へと突き落とされてしまう。 ちりん、ちりん____。 葉の擦れ合う音しか聞こえない中庭に、ふと異物ともいえるような鈴の音が聞こえてきたため、唐突に穴の中に突き落とされて碌に身動きがとれなかった木偶の童子は、その後――うつ伏せとなった体を仰向けの状態にしようと半ば強引にその身を動かした。早々に体を起こして尚且つ穴から出たかったのだが、穴の中はひと一人が入るのが精一杯といった具合に狭くて、せいぜい体を仰向けにすることしか叶わないと悟ったためだった。 何はともあれ、木偶の童子は仰向け状態となり__己を唐突に穴の中へ突き落としたのが何者かを拝めた。 己と、それほど齢が変わらない童子で肩より僅かに長い白い髪を垂れ流し、辺りを包む夜闇のように真っ黒な着物を身に纏った童子だ。右手には鈴を持っており、木葉が擦れ合う刻に合わせて何度も鳴らす。 反対側の手には、何故か円匙を持っている。 円匙は、土を掘り返すための道具だと育ての親であり、かつては生存し共にいてくれた楊から聞いたことがあったが__その最愛の彼は、王宮の者らに殺されてこの世から存在を抹消されてしまっていた。 それを思い出し、目に涙を浮かべたところで木偶の童子の耳には己を突き落とした冷酷な彼らの会話がひしひしと聞こえてくる。 「明得大師……。その薄汚い童が……世を変えるために必要な種子を蒔く者だというのですか__?」 「勿論だとも、黒子よ。いずれ、この者は……お主と同等、いや……それ以上に禍厄天寿様の崇高なる【御遺志】を引き継いで下さるであろう。全ては、禍厄天寿様の意のままに」 「御意____。全ては、禍厄天寿様の意のままに……」 その直後、手に持っていた円匙で【黒子】と呼ばれた白と黒が入り交じった奇怪な姿の童子は容赦なく木偶の童子の体へと掘った土を被せてくる。 「……っ…………助け……っ__助けて、楊……楊……っ……」 今は、もう会うことすら叶わない愛しい存在の名を久方ぶりに口にしながら、木偶の童子の意識は徐々に朦朧としていくのだった。

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