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童子は母の夢を見る【夏の月・転】

◆ ◆ ◆ 「木偶の童子よ、案ずるがいい……きちんと呼吸が出来るよう吸穴は確保しといてやろうぞ。ただし、貴様が禍厄天寿様のお目がねにかなわなかった時は……わしとの関係は仕舞いじゃ。まあ、その心配は……おそらくは無用であろう。とにかく、禍厄天寿様に抱かれ……一夜を過ごすがいい。黒子よ、監視はお主に任せた__みすぼらしい屋敷の出迎えを受け、慣れぬせいか疲労困憊したゆえな」 どんどんと、容赦なく真上から土をかけられていく。埋められているのだ、と理解した時には既に視界が朧気で離れる素振りを見せる明徳の顔は勿論のこと、いつの間に現れたのか(おそらく明徳の手下の)複数の男たちの顔もよくは見えない。 ただ、そのような異常事態の中でも唯一土をざくざくと掘り返して此方へかけてゆく男たちの口元が歪んでいるのが分かる。それは、愉悦を含んだものだ――と徐々に冷たい土の中に埋められていきながらも木偶の童子は抵抗などしても無駄だし己にとっても意味のない行為だと全てを諦めて両目を固く瞑るのだった。 『ここで命尽きたとしても……あの世には――母ともいえる楊がいる。待っててくれている……それだけで、善きことではないか。ここで尽きたのならば……復讐する資格など……ぼくにはなかったということ。ただ、それだけのこと__。ああ、しかしながら……凶善様や尹様には申し訳ないなあ……今は、おやすみなさい』 そうして、黒子なる者がけたけたと甲高い笑い声をあげる中、木偶の童子が意識を手放すのにさして時間はかからなかった。 ◆ ◆ ◆ それから、どのくらいの時が刻まれたのだろうか____。 土の中は、とても寒く碌に身動きしていないとはいえ肌寒い。それでも、呼吸が出来ているのは呼吸穴なる物のお陰か――はたまた、明徳の言うように【禍厄天寿】なる崇高な存在の妖術じみた庇護のお陰なのか木偶の童子には分からない。 それでも、己を襲ってくる『恐ろしい』、『寒い』、『寂しい』といった負の感情に耐えながら目に涙を浮かべている木偶の童子の耳には何処からか懐かしい声が聞こえてくるのだ。 まるで、怯える木偶の童子をあやすように囁きかけてくるその声は親が子を宥めるために歌う子守唄のようで、次第に彼の不安も悲しみも消し去っていく。 『____木偶の童子……愛しい子、木偶の童子……』 『ずっと……お前の側にいる』 『だから、お前のしたいことを成し遂げなさい……木偶よ、私はお前が何を望んでいるのか……分かっている』 『お前の腹に宿る新しき命__私の孫ともいえる存在の為にも……お前は成し遂げる事がある筈だ。それは、容易な事ではないけれど――私はお前を見守っている……だから、お前にとっていらなくなったものは――早急に掃除なさい……今こそ、ずっと苦しみから逃げ続けて閉じてばかりだった弱々しい瞳を開ける時__さあ、私と共に……』 そんな子守唄にあやされ、安堵に支配された木偶の童子は口元を歪めながら、眠りについてしまうのだった。

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