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童子は母の夢を見る【夏の月・転】
*
「また……此処にいたのか?木偶の童子……お前は近頃この木の側によくいるよな。それに、何か……な、悩み事でもあるのかよ?」
日が変わり、屋敷の隅で咲き誇り黄金が目に眩しい金雀枝の花をぼうっと見入っていた時のことだった。
ふと、いつの間にか側に近寄ってきていた凶善に声をかけられて、思わずびくりと身を震わせてしまう。
しかしながら、すぐさま取り繕った偽りの笑みを浮かべる。
そして、何とか頭の中で考えあぐねている【企み】を愛しの人である凶善から悟られないように今ここで言うべき言葉を組み立てる。
「凶善様……あまりにも美しく咲き誇る金雀枝の花を見るのはおかしいことでございましょうか?それに、私の目には……凶善様の方がお悩みを抱えているように思うのですが――宜しければ私にお悩みを吐露して下さいませ」
すると、その言葉に誘われるように凶善が少し離れた場所にある屋敷の庭園を広く見渡すことが出来る四阿(あずまや)へと目線を動かした。
凶善は思っていることがすぐに出てしまう質だと普段から彼を観察していた木偶の童子には分かりきっていたため、無意識のうちに口をへの字にしたり眉を潜めたりしているその表情から少なくとも凶善が不快感や怒りといった負の感情を抱いていることは理解できた。
そして、凶善が何に対して不快感や怒りといった負の感情を抱いていたのかも――普段からずっと彼を目で追っていた木偶の童子には理解できてしまった。
本当は分かりたくなんて、なかった筈なのにだ____。
「ああ……尹様が、予期せぬ来訪者である王様と親しく話されているのが……とても気にかかるのですか?」
「そ……そういう訳ではないぞ__ただ、幼い頃に特別な誓いを交わした尹様が……離れていくのが寂しいだけだ」
その言葉を聞いた途端に、胸が締め付けられた。自分は尹と凶善が交わしたという【特別な誓い】の内容など身に覚えがない。
それは、つまり木偶の童子が屋敷に来る前に二人の間でのみ交わされたということなのだろう。
自分は仲間外れということか――と木偶の童子は心の片隅でちらりと思ってしまった。
「お二人の間で交わされた特別な誓いとは……いったいどのようなものでありましょう? 」
今まで一度も抱いたことのない、身を焦がしてしまいそうな程の【怒り】とはまた違った負の感情を必死で心中に押し込めながら偽りの微笑みを浮かべつつ尋ねる。
しかし、幸いのことに凶善は必死で隠している醜い感情など気付いていないのか特に変わった様子も見せずに此方の問いに答えてくれた。
もちろん、尹と凶善が交わしたという【特別な誓い】についてのことだ。
彼曰く、尹と出会う前まで荒んだ暮らしを送っていたらしく、その時は常に【生から切り離され消え去りたい】と願っていたが主人でもあり幼馴染みでもある尹と出会ってから間もない頃に二人の間で【特別な誓い】を交わしたとのことだった。
* * *
これは過去の光景____。
木偶の童子は知り得ない筈の二人の会話のやり取り____。
『俺は……これ以上、生きたくなどない……いっそ、この場で手にかけてくれ』
『凶善、そんな悲しいことは言わないで___君はまだ生きるべき存在だ……』
みすぼらしい格好をし、生気のない凶善の瞳を真っ直ぐに見据えながら尹は身を震わせる彼の両手を固く握った。
そして、池の中を優雅に泳ぐ鯉へと目線を落とした。腹をすかせているのか、ぱくぱくとしきりに口を開けていた。
『では、もしも……今ではなくこれから先___いつになるかは分からなくとも、俺があなたへと、この苦しみが続くのであるならば、いっそ手にかけてくれと願った時には……その願いを叶えてくれるのか?』
『もちろんだよ……ぼくはその願いを――必ず果たす。これは、ぼくらだけの特別な誓いだ……指切り、げんまん……うそついたら黒針でお口を縫ーわす……指切った!!』
木偶の童子に訝しげに見つめられながらも、そんなことはお構い無しに両目を瞑りながら過去の懐かしい光景を回想していた凶善の両目が再び開かれて現実の光景へと戻ってくる。
* * *
その後____、
屋敷にある池の側で交わした会話の内容はこのようなものだった――と、真正面から此方の顔を見つめてきてどことなく照れ臭そうに語る凶善の姿を見て複雑な気持ちになり、いたたまれなくなり胸が締め付けられそうになった木偶の童子は咄嗟に四阿にいる尹と王子の方へと顔を逸らしてしまうのだった。
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