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童子は母の夢を見る【夏の月・転】

* そんなことがあった翌日のこと____。 名もなき按摩見習いの童子が、再び屋敷を訪れたのを話に聞いて、普段ならば滅多に抱かない好奇の念にかられて施術の真っ最中だという屋敷の者の寝所へと赴いた。 周りの者達の話によると、名もなき童子の師匠であるという一人前の按摩師は大層気ままな思考の持ち主で施術を施す様を素人に説明するのが苦にならないらしく、少々変わり者だともっぱらの噂だった。 その師匠は、世幸という名で見た目は鬼のように険しく厳しそうな雰囲気を醸し出しつつも根っからの悪人ではない上に、見目とは裏腹に大層童子好きとのことらしい。 ただ、どんな理由であれ悪事を働く者を見過ごすことはなく頑固かつ正義感のある立派な人物らしい。 (童子好きだというのに、自らの弟子である、昨日の童子には名を与えないのか……確かに変わり者かもしれない……でも、何故だか妙に気になる……) そう思いつつ、見物に群がる屋敷の者らの影から、昨日の童子と師匠である幸平を見つめていると――ある男と目があった。 唏実が此方を見つめていることに気付いて、咄嗟に目線を下へと逸らしてしまう。 確かに今日は屋敷の警護の仕事が非番なのだから、唏実が此処にいても何らおかしくはない。 しかし、咄嗟に目線を逸らしてしまったのは――此方を見つめ続ける唏実の瞳に何ともいえない力強さが見受けられたせいだった。 そのことが妙に気にかかり、結局好奇心から赴いた按摩の施術の説明など碌に耳に入らないまま時だけが過ぎていくのだった。 * 「お前さんは、昨日――我の弟子である、こちを助けてくれたと聞いたやき。大層世話をかけたな。ありがとうやんな……こちは中々、頑固ゆえに……おそらく自分からは、お前さんに礼を言わなかったであろう」 ふと、按摩の施術に関する説明が終わった後に先程のことが気にかかり心ここにあらずだった木偶の童子の背後に世幸とその後ろにぴったりと張り付くように昨日の童子が立っていた。 「師匠……我は別に、この童子に……か、感謝してる訳でも、それに助けてくれと言った訳でも……ございません」 按摩師見習いの童子は、最初は怒りを込めた声色だったが段々と、蚊が鳴くようなか細い声色で言い訳じみた言葉を世幸へと言い放った。 「ええ、その通り……。私は別に彼を庇った訳ではありません。だから、感謝など言われる筋合いもありません。それより、世幸様にひとつ……お聞きしたいことがあるのですが宜しいでしょうか?」 「ふむ、我に聞きたいこととは何であろうか。好きに聞いてくれてもいいやき……それにしても、お前さんは随分と大人びた童子やんな」 そう言いながら、親しい間柄でもないというのに世幸は先程知り合ったばかりの木偶の童子の頭を撫で上げる。 腰付近まで伸びた黒髪を赤紐で後ろに一纏めにし、尚且つ左目に黒の眼帯を付けている険しい見た目の男は木偶の童子のどことなく不貞腐れた顔を見ても何も言わない。 それどころか、愉快げに笑みを浮かべている。 生前に、育ての親だった楊が同じように自分をからかったのを思い出して余り良い気分にはならない。 「世幸様は……何故、この童子に名を与えないのですか?確かに名のない者は幾らでもおりますが、それでも、この童子はあなた様の弟子だというのに……」 と、世幸に尋ねながら視線を按摩師見習いの童子へ移す。すると、ぷいっと瞬時に目を逸らされてしまう。 彼のその態度にも、いささか腹が立ちつつも再び世幸の方へと向き直すのだった。

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