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第3話
「…僕はあなたのお望みならば、いつでもお応えしますよ」
やや赤みがかかった唇。よく見ると色白で、眉は細く、着物でも似合いそうな和風の顔立ちだ。
肘掛けに添えた手は、いつの間にか戴智の手の甲に乗っている。しなをつくって机に寄りかかり、戴智に微笑みかける。
そんな態度に戴智は苛ついた。
「お前はどこぞの安っぽい芸者か! 今は仕事中だ」
東の表情は変わらない。新入社員のくせに上司の叱責にも動じないのは、親類であるために舐められているのでは――戴智はそう考えた。
この秘書をどう躾けるか。余計な仕事が増えた気分だ。
「では、終業後なら構いませんか? 将来の子作りのため、体の相性だけでも確認を」
東がさらに密着しようとするのを防ぐため、戴智は目を通さなくてもよい書類をわざわざ手に取る。
「そんなことはどうでもいい。まずは仕事だ!」
「焦っていらっしゃる?」
戴智の肩がピクリと動いた。空調はきいているが、額に汗が流れる。
新入社員とはいえ、仕事ができて頭の回転が早い東のことだ。戴智が手にしている書類が今必要なのかどうかぐらい、見極めている。
顔を覗きこみ、悠然と微笑む東が薄い唇で話す。
「動揺していらっしゃいますね。もしや、体は正直…なタイプですか?」
東が身をかがめ、戴智の太腿に手を置く。
確かに、動揺はしている。だが、就業時間内のオフィスで大胆にも上司を誘う新入社員など、この数年間でそんな奴は経験が無いからだ。
戴智は鋭い目で東を見上げる。
「ああ、貴様のような淫乱は初めてだからな。あいにくだが、俺はお前のような奴には、何をされようが勃たない。いいから仕事を始めろ」
勝ち誇った、自信に満ちあふれた目で東を見返す。
「何だったら、あの手この手で誘惑してみるか? まあ、お前が自信喪失するのが気の毒だから、それは勧めないが」
勃起不全であることが、武器になるとは思わなかった。ある意味、自虐的な言動だが。
言われた東は、“これは失礼いたしました”と丁寧に詫びながらも、細められた目は挑戦的だった。
宇宙からエネルギーを生成する機械、その中でも最も重要なタービンの製作。特殊合金や、普段とは違うコーティング剤を使うため、工場にある機械では限界がある。そのため、一部だけ部品を取り替えることになった。決定権を持つ戴智が、メーカーまで出向いて打ち合わせをすることになった。東が戴智の黒いベンツを運転する。
その帰り道、
「王永部長」
後部シートで見積書を見ていた戴智は、顔を上げた。ミラー越しに目が合う。
「何だ、久慈」
「例の機械ですが、ジースティ金属も使うようですよ」
「なぜ、そんなことがわかる?」
信号が赤になった。東が振り向く。
「事務所を通って、応接室に通されましたね。あのときに、スケジュールの掲示板を見たんですよ。明日の午後、ジースティ金属さんが来られます」
東は仕事が的確で早いだけではなく、鼻が利く。そんなところは、戴智も気に入っていた。
「巨大なタービン、となると設計図は似たようなものになるだろう。とすると、向こうも考えることは同じだろう」
「となると、うちは質を上げねばなりませんね。先ほど、部長が帰り際にご挨拶されていたときに、本社と連絡を取りまして――」
似た物を作るなら素材で勝負。技術部に連絡をして、素材の見直しを依頼した。
戴智も同じことを考えついた。だが、東は必ずその先手を打つ。
さらに――
「急激な温度差や圧力、風圧なども考慮して、いくつか候補を頭の中でピックアップしています。明日の午後に予定を空けましたので、会議にちょうどよろしいかと」
宇宙工学の知識もある。東に宇宙工学を学ばせたのは、仁英の勧めがあったからだ。正確には、命令といっていいかもしれない。だが、闇雲に無茶をさせるのではなく、本人の能力と会社の未来を考慮した上での判断だ。戴智は自分の親ながら、仁英の先を読む力と人を見る目には敬服する。
「そうだな、会議は明日の十三時からがちょうどいいだろう。執務室に戻ったら、空いている会議室を押さえてくれ」
車は本社の駐車場に止まった。東は鞄からタブレットを出し、素早く操作をした。
「第三、第四会議室が空いてますね。第三は十五時から埋まっていますから、第四がいいでしょう」
執務室に戻るのを待たず、東は会議室の予約を入れた。東のおかげで仕事が順調に進む。すっかり機嫌をよくした戴智は、東が車のドアを開けてくれたのに合わせて、降りようとした。
だが、東は戴智が降りるためにドアを開けたのではなかった。後部シートに体を滑りこませる。
「何してるんだ?」
「戴智さん」
東が戴智の太腿に手を伸ばした。細めの指が、フェザータッチでスラックスの上を這う。
「実を言うと僕…発情期なんですが」
戴智が顔を見ると、色白の頬は赤みがさしていて、触れている手も布越しに体温の高さがわかる。離れているとわからないが、息も荒い。
「今まで何ともなかっただろ! なぜ今ごろ…」
東は答えず、妖艶な笑みを向け、にじり寄ってくる。それをよける戴智だが後ろはドアで、これ以上逃げるには車の外しかない。ドアを開けようとレバーに手をかけたとき、東に手首をつかまれた。座面に押し倒される。
「戴智さん…、お…お願いです…僕の体…鎮め…て」
「薬を持ってきていないのか?!」
オメガは、発情期が来ると体がいうことをきかなくなり、日常生活に差し支えるため、抑えるには性交か自慰で性欲を処理するか、抑制薬を飲むかのどちらかだ。
「すみませ…、今日…忘れて…」
何事にも抜かりない東が、よりによって大事な薬を忘れるとは。オメガならば、発情期が近づけば、誰でも常備している。
「会社の医務室に確か薬が……、離せ、久慈!」
細いくせに東は力がある。戴智はシートに体を押しつけたまま、動けなくなった。オメガのくせに、アルファを意のままにしようとしている状況に、戴智は頭の血管が切れそうになる。
そんなことはお構いなしに、東はスラックスを下ろす。はっきりと存在を示している強張りが、グレーのボクサーパンツに押しつけられて、立派なレリーフになっている。先端からは染みが出ていて、そこだけ濃いグレーになっている。
同年代より少し大人びて落ち着いた印象の東だが、今は若い雄だ。紅潮した顔で“戴智さん”と何度も名を呼び、東は戴智の下半身をあらわにした。
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