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第4話
「…久慈」
戴智は一変して、冷静に東を見上げた。戴智を見下ろす目は潤んでいる。右手で戴智の柔らかな一物を優しく愛撫している。そんな東を見つめ、抵抗をやめて挑戦的に唇の端を持ち上げてニヤリと笑った。
「できるもんなら、やってみろ。俺を勃たせて、自分のケツにでもぶちこめ。できるんだったらな」
何をされても、戴智は勃たない。どんなに刺激を与えても、だ。ショックを受けて自信喪失すれば、二度と性的な接触をしてこないだろう、戴智はそう考えた。
何年かぶりに他人の手に握られたが、東がいくら扱いても柔らかいままだ。東が舌を出し、根元から先端までを舐め上げる。口に含んで上下に動かしても、大きさは変わらない。
さすがの東も困った表情を浮かべて、萎えたままの戴智自身を見つめる。
「お前なんぞの幼稚な愛撫で、勃つわけがないだろう。わかったら、さっさとトイレにでも行って自分で処理してこい、この淫乱」
せいぜい落ち込むがいい、と鼻で笑っていたが、急に手首をつかまれて戴智は驚いた。
「戴智さん…あなたの手でお願いします」
下着をずり下ろし、勢いよく飛び出した男根に戴智の手を巻きつけて上から強く握り、フルスピードで東が擦る。
「何してるんだ、久慈!」
「あ…はっ…戴智さん…もっと」
もっとどころか、戴智の手は東に握られるままに、全く力を入れていない。それでも東は恍惚の表情を浮かべる。まるで、相手が愛しい人だとでもいうように。
その様子を見ているうちに、東が不憫だと思うのか、または自分だけが冷静なのが逆にいたたまれないのか、判断しづらい感情に襲われて怒れなくなり、戴智は抵抗もせず、手を東に巻きつけたままになっていた。
戴智は男女どちらとも何度か経験はあるが、こうしてまるっきり冷静に相手を観察するのは初めてだ。
血管が浮き出た茎は、肌の色よりワントーン濃く、先端はほんのり赤い。濡れて艶やかなそこからは、蜜があふれ出る。
「ああっ、戴智さん…!」
東がジャケットの内ポケットから、ポケットティッシュを取り出した。片手で何枚も引き出すと、先端にかぶせる。
「んっ……! はぁ…」
一瞬、体を硬直させて、東は果てた。肩で大きく息をして、“すみません”と謝る。
「戴智さんの手…汚してしまって…」
もう二枚、ティッシュを引き抜いて戴智の手を拭おうとする東を止めた。
「いや、いい。汚れていない」
東はショックを受けるどころか、満ち足りた笑顔を浮かべている。
「僕はいつか――」
その笑顔は、いつものビジネスライクなものではない。
「あなたと番になります。ですから、あなたにとって物足りない分は、努力して補います」
どこか無邪気に見えた。
月末の週末、プレミアムフライデーとは縁遠く、王永製鉄では経理は月末の決算で忙しく、人事は保険の手続きなどに追われる。
『新開発部』でも部品が完成するまでは、会議や実験が繰り返され、なかなか定時では上がれない。
だが、この日は部下たちに定時で上がらせ、戴智は東とともに執務室で社員たち個々の能力を査定していた。効率よく、指導をするためだ。
午後七時、いつの間にかブラインドからの日差しは、見えなくなっていた。全ての作業を終え、戴智と東は帰り支度をしていた。
「悪かったな、遅くなって」
「いえ、お気になさらず。むしろ今日じゅうに片付いたので、上々ですね」
パソコンをシャットダウンさせて席を立つと、背後から東がピッタリと寄り添った。
「何をしている」
「戴智さん」
戴智の腰に腕を回し、抱きしめる形になって耳元でささやく。
「いくらあなたが私に興味ないとはいえ、まだまだお若いのですから、溜まるものもあるでしょう?」
溜まるものなど、戴智には無い。痛いところをつかれ、戴智は東の腕を振りほどく。鋭い目で振り返り、穏やかな笑みを睨みつける。
「余計な心配はするな」
「お付き合いされているお方でも、いらっしゃるのですか?」
「いない。いたところで、父にバレれば別れさせられる」
王永仁英の権力からすれば、容易いことだ。いい大人のくせに、恋愛ごとに親が口を出すのは馬鹿馬鹿しい。だが王永本家では、優秀なアルファを代々残すことが義務づけられている。由緒正しい血筋のオメガが相手でなければならない。
「でしたら、どうぞ私を性欲のはけ口代わりに使ってくださって、構わないのですよ」
今度は正面から抱きしめられた。東の唇が下りてくる。反論する間もなく唇が重なり、隙間から舌が差しこまれた。
その舌は、闇雲に暴れることはせず、戴智の唇を撫で、きれいに並んだ歯をなぞり、口内で優しくうねる。
優しいキスに頭の中がしびれそうになり、戴智の膝に力が入らなくなる。崩れそうになった体を、東の腕がしっかりと支える。細い腕なのに、力強くたくましい。支配する側のアルファなのに、その戴智が頼りたくなる。
そんな気持ちを抑えるように、戴智は東の体を押しのけた。数回の荒い呼吸で心を落ち着けようとしたが、唇に残った感触は消えない。
「無駄だ。お前が何をしようとな」
「それでも戴智さん、今のあなたの目はとろけそうですよ」
「うるさい!」
怒鳴った唇が、また塞がれた。
さっきまで優しく口内をまさぐっていた舌は、戴智の舌を激しく吸う。戴智からしぼり取った唾液を、ゴクリと飲み干す音に、今まで反応しなかった体に異変が起きた。下半身に、ズシリと重い反応があった。だが、勃起するまでにはいたらず、戴智のペニスは通常サイズのままだ。
反応しないペニスを、東がスラックスの上から、手のひらでそっと包んだ。
「優しい愛撫と激しい愛撫、どちらがお好みですか?」
柔らかく撫で、ときにはギュッと強く握る。指が奥にすべり、陰嚢のあたりをくすぐる。
心地よさに戴智は抵抗もせず、じっと身を委ねる。確かに気持ちいい。だが、いくら触られようと勃起はしない。
「ほら、いくら触ってもお前には興奮しない。無駄だから、もうやめろ」
東がいきなりひざまずく。
「口でしても…駄目ですか?」
「一度試してわかっただろう」
ファスナーを下ろそうとした手を止め、東はじっと考えこむ。
「わかりました、戴智さん。今日はあきらめます。ですが、お好みのプレイだけ、教えていただけませんか。あなたの好みに合わせます」
その懇願する目が、戴智に罪悪感を与えてしまう。一言、勃起不全だと白状すればいいだろうか。だが、それは戴智のプライドが許さない。
変わりに挑戦的な笑みを無理に作り、戴智は答えた。
「俺に何でも合わせるんだな? 例えば、俺がSM趣味でS側だとしたら、お前はMになれるのか?」
東は笑みを崩さない。
「はい、あなたから受けるお仕置きなら、何でもお受けいたします」
その言葉に、戴智は背中がゾクゾクした。また、下半身に重みに似た刺激が来る。一瞬、脳裏に浮かんだ言葉を、こめかみを押さえて必死にかき消そうとした。
(この男なら、俺を変えるかもしれない)
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