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第8話

 東は本社のある王永中央から三駅先のマンションに住んでいて、電車通勤している。戴智は車で通勤していて、その通勤に使っているベンツを東が運転する。 「久慈家は確か、港の近くだったな。古くから貿易会社をしていて」 「ええ、そうです。久慈貿易と久慈家は近いのですが、僕は通勤の便を考えて、王永製鉄に比較的近い所を選びました」  久慈家は代々、鉄鉱石や加工した製品の輸出入を請け負う仕事をしている。本来、東が継ぐ会社だったのだが、東は戴智と番になることが決められていて、変わりに東の姉の夫、義兄に当たる者が継ぐ予定だ。  駅前にスーパーマーケットやコンビニがあるだけで、静かな住宅街。その中でも周囲から飛び抜けて目立つ高層マンションがある。その二十階建てのマンションの最上階に、東の部屋がある。  駐車場は地下にある。回転ドアのエントランスをくぐると、マンションとは思えない光景だ。フィットネスジム、図書室、テーブルのある休憩スペース、温室まである。  その奥、自動ドアが開くと各部屋のポストや宅配ボックスがあり、その先はオートロックになっている。  オートロックを解除した向こうは、エレベーターだ。二十階まで上がる。部屋数は四つしかない。一部屋一部屋が、かなり広いためだ。 「さあ、どうぞ。戴智さんをご招待すると事前にわかっていましたら、お掃除をしていたのですが…すみません」  と恐縮する東だが、部屋は片付いている。強いて言えば、スリッパが出したままで、リビングのソファーの背もたれに部屋着が引っ掛けてあり、ソファーの前のテーブルに経済誌と新聞が出しっぱなし、そんな程度だ。  週一回、清掃業者に水回りなどを頼むが、それ以外は東自身が掃除も洗濯もしている。 「夕食は、冷蔵庫のあり合わせになりますが、よろしいですか?」 「ああ、悪いな」  ラフな部屋着に着替えた東は、戴智にも部屋着を渡した。柔軟剤のいい香りがするTシャツとイージーパンツに着替え、ソファーでくつろぐと、戴智はテーブルにあった経済誌を手に取った。 「…ジースティ金属が載っているな」 「ええ、あちらの動きはどうなのかわかりませんが、社長のお話は参考になると思います」 《新たなる飛躍のため、このたびは科学技術協会の宇宙開発事業にも参入し――》  戴智が喉の奥でククッと笑う。 「えらく手の内を見せ過ぎじゃないか」 「でも、それだけ自信がおありなのでしょうね。王永製鉄は、一奈さんの会社のようにインテリアやオブジェ、ほかにも印刷や箔加工など繊細な事業が増えました。ジースティ金属は、エネルギー開発などに重点を置いてますからね」  エネルギー関連を得意とするジースティ金属に対して、王永製鉄は精密部品を得意とする。端から見ればジースティ金属に軍配が上がりそうだが、王永製鉄は人工衛星の製作にも協力した実績がある。  戴智が雑誌に夢中になっているうちに、キッチンの方からいい匂いがしてきた。  ほんの三、四十分ほどで、ダイニングテーブルには料理が並んでいる。 「ほう…凄いもんだな。普段から料理をしているのか?」 「ええ、独り暮らしをする前に、ネットで調べたり母に教えてもらったりして、少しずつ覚えました」  メインは、豚肉の味噌漬けを焼いたもので、ご飯の上に素揚げしたししとうとともに乗せられ、丼になっている。  とろろ昆布の吸い物に、ブロッコリーのおひたし、卵と野菜のみじん切りが入った炒り豆腐。 「短時間でこれだけ作れるとは、大したもんだな」 「豚肉の味噌漬けは、冷凍しておけば食べたい時に焼くだけです。ブロッコリーも蒸して小房に分けて冷凍していますから、調味料といっしょに耐熱容器に入れてレンジで温めると、おひたしになります」  ブロッコリーは茹でずに蒸すことで、野菜本来の旨みや甘味が残っている。調理前に熱湯をかけているため、生のものから作ったのと食感が変わらない。 「野菜を切ったときに出たクズは、ジッパーつきの袋で保存しておけば、こうして炒り豆腐に使ったり、炒飯もできます」  まるで賢い主婦だ。おひたしや炒り豆腐をおかずに丼をかきこみ、香りのいいお吸い物を飲むと、ホッとする。まるで母親の料理を食べているようだ。 「うまい! 冷蔵庫のあり合わせとは思えないぞ」 「そうですか? ありがとうございます」  向かい側で東が微笑む。いつもの落ち着いた笑顔ではなく、どこか照れているようだ。 「俺は魚をさばくぐらいしかできないからな。料理までできるとは、うらやましい奴だ」 「魚――といえば、戴智さんと釣りができるのを、楽しみにしています。どちらへ行かれる予定ですか?」 「そうだな…盆休みに、愛知か三重あたりを目指して、移動しながら釣る、というのはどうだ? 夏ごろなら、カンパチやイカ、カツオあたりが釣れそうだな。クルーザーで寝泊まりできるから、釣りをしたり泳いだり、自由気ままに遊べる」  いつの間にか、戴智に笑顔が浮かんでいた。戴智自身は気づいていない。東もそのことには触れずに、戴智の話を聞いていた。  食事が済んでから、戴智は先に風呂に入った。後片付けをしていた東が風呂に入ったとき、戴智は気づいた。 (俺は東とセックスをしに来たんだった)

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