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第9話

 借りたパジャマを着て、頭からバスタオルをかぶり、リビングのソファーに座る。  まるで今から童貞を捨てる少年みたいに、緊張で体が強張る。  戴智は急に怖くなった。今まで東に触れられたが、反応しなかった。それを使い東に思い知らせたこともあったが、このシチュエーションで何をされても勃起しなければ、男として終わりなのではないか、と。  勃起不全に気づいたのは性行為のときではなく、自慰のときだった。体は興奮しているはずだ。動画や写真を見て、あるいは過去の性行為を思い出して、体がうずく。だが、前立腺は反応しないのだ。  もしや病気なのではと病院で調べたが、異常は無かった。精神的なものと言われたが、むしろ病気である方が原因や治療法が具体的で見通しも明るい。そのため悲観的になって、性行為そのものにも興味を示さなくなった。  戴智は生乾きの髪をバスタオルで乱暴に拭き、天井を見上げた。東の顔が、上からヌッと現れる。 「うわっ!」 「驚かせてすみません。…戴智さんが、何だかあまり顔色がすぐれないようでしたので」  バスローブ姿の東は、よく冷えたミネラルウォーターのペットボトルを、戴智に渡した。 「いや、俺の方こそすまない」  冷たい水が、喉を潤す。何かをしていないと落ち着かず、今は冷たい水に頼りたい。  戴智は無言で水を飲み干す。隣に東が座った。 「…寝室に行きますか?」  体を冷やしたはずが、東の一言で一気に体温が上がった。 「まだ眠くはない」 「嫌だなあ、戴智さん。お忘れですか? あなたがこの部屋に来た目的を」  とんちんかんな答え方をしてしまって、戴智はますます体温が上がる。  その体温を確かめるように、空のペットボトルを握りしめる戴智の手に、東の手が重なった。 「今夜は、あなたの思いのままに、僕を扱ってください」  いつしか、東も体温が上がっている。甘く誘うような体臭もただよってくる。東は自分で発情期をコントロールできるのだ。  東が立ち上がり、その匂いにつられるように戴智がついて行く。  約十畳の寝室には、壁際にダブルベッドがある。カバーは外されている。もう、ベッドインできる準備は整っていた。さらにベッドの上に、準備されている物がある。手錠と首輪、少し細めの赤いバイブ――アナルバイブだ。 「今夜は、僕はあなたの奴隷です」  ベッドの上にそろえられた物えお見つめたまま、戴智は戸惑う。 「久慈…お前はSMの趣味があったのか…?」 「おや? またお忘れですね。以前僕におっしゃったでしょう。“俺がS側だとしたら、お前はMになれるのか”と」  何気なく発した言葉を、東は大事にしていた。戴智のためにSMグッズを用意したのだ。 「ハードなものがお好みでしたら、ムチやバンデージやロウソクなどもご用意いたします。戴智さんにそこまでの趣味がなければ、逆に気持ちが萎えるかと思いまして、今回はこれだけにしています」 「…いや、もともとSM趣味ではないからな。興味はあるが」 「物足りないようでしたら、スパンキングや言葉攻めで補ってください」  バスローブが肩からすべり落ちる。東のペニスはすでに硬くそそり勃っていて、内腿には透明な粘液が垂れている。オメガの特徴だ。発情期のオメガは、性器を受け入れやすいよう、愛液の分泌がある。  白い肌は透き通るようだ。美しい陶器を思わせる。だが、赤く色づいている胸元は、血の通った人間そのものだ。  一糸まとわぬ姿で、戴智に歩み寄る。熱い手のひらが、戴智の頬を包んだ。少し見下ろす目は潤んでいる。 「戴智さん…何でも命令してください」  熱い手のひら、熱いまなざし熱い吐息。戴智は魔法にかけられたように、自然に言葉を発していた。 「じゃあ…俺にキスしろ」  すぐに唇を塞がれた。音を立てて離れ、また吸いつく。今度は舌が入ってきた。なめらかな動きで、戴智の口内を撫でる。戴智も東の舌を追う。ヴェルヴェットの感触を手で味わうときのように、何度も往復しては東の舌の感触を楽しむ。  全身の血が騒ぐ。もう、舌の動きが止まらない。どちらからともなく強く抱きしめ合うと、二人の体に挟まれた東の屹立が、窮屈そうにヒクヒク動き出す。  抱き合ったままベッドになだれこむと、スプリングがきしんだ。戴智が仰向けになる。東がその上にのしかかり、キスをしながらパジャマのボタンを外す。パジャマをはぎ取る東の手つきは、どこか焦っているようだ。  体がうずいて仕方がない。熱い。いくら発情期をコントロールできるとはいえ、この熱はコントロールできない。  ズボンも脱がせ、戴智を全裸にすると、東は首輪を手にした。 「挿入することは考えないでください。あなたが私を調教する、そんな遊びをするのです」  首輪を手にしたとき、戴智は体の奥でスイッチが入ったような気がした。  体を起こし、東の髪をつかむと、シーツの上に乱暴に倒した。  首輪を東に装着すると、首が締まらない程度に鎖を引っ張る。 「あんっ…」 「いい声で鳴くじゃないか。犬らしく、俺の足を舐めてみろ」  戴智がベッドに腰かけると、東はベッドから下り、床に這いつくばって戴智の右足を恭しく両手で支える。  足の指を、一本ずつ丁寧に舐める。子供が飴を夢中で舐めるように。命令に従ってはいるが、ご褒美をもらったという嬉しさで、東の頬は赤く染まっている。  指の股、足の甲、足の裏、かかとにいたるまで。右足が終われば左足、終わればまた右、といつまでも舐めつくす。  東が身震いをする。股の間からは愛液が垂れる。  戴智の体じゅうを、得体のしれない何かがゾクゾクと走る。それは、楽しいことが待ち受けている期待にも似て、心地よいマッサージを受けたときにも似て、何より、好奇心でセックスをしたときの感覚と、まるで同じだ。

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