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第14話
「大自然のど真ん中にいると、自分が魚や海藻と変わらない存在に思える。俺は、そんな海が好きだ」
自然界には、社会のしがらみも世間体もない。弱肉強食はあれど、平等な世界だ。
しばらく海を眺めて竿を握っていた。太陽がジリジリと二人を焦がす。ビクン、と東のウキが沈んだ。
「あっ、引いてます!」
充分ひきつけてからリールを回す。戴智がタモを海中に入れて迎える。
リールの電動カウンターがゼロに近づくと、水面に姿が見えた。
「カンパチ…か? 少し小さめだろうけど、重そうだな」
東は竿を上げた。水しぶきを飛ばし、獲物が暴れる。褐色の背中に銀の腹。腹部分には、黄色いスジがある。カンパチだ。タモに入れると、ズシリと重い。
「やったな、久慈!」
肩を叩いて健闘を称えていると、今度はロッドフォルダーに固定してあった戴智の竿が反応する。急いでグリップを握り、リールのハンドルに手をかける。かなり深めの所だ。様子を見ながら手で慎重にリールを巻く。
しばらくしてリールを電動に切り替え、一気に引き上げる。
「サンマだ!」
偶然、サンマの群れに遭遇していたようだ。陽光に鱗をきらめかせ、サンマが戴智の手につかまった。
「両方、活きのいいうちに刺身にするのがいいな」
「では、海鮮丼にしましょうか」
日は沈みかけている。水平線の近くまで下りた太陽がまぶしい。
二人はヨットハーバーから一番近い小さなスーパーマーケットで、野菜類を買う。米や調味料などは積んできた。
「ワサビに大葉、万能ねぎと…」
「お吸い物を作りますから、シイタケも買いましょう」
ミニキッチンで戴智が魚をさばき、東がお吸い物を作る。ご飯に大葉を敷き、サンマとカンパチの刺し身を乗せ、小口切りにした万能ねぎを散らし、すりおろしたワサビを添えた。
キャビネットから麦焼酎を出し、二人で乾杯した。
夕食後、戴智はシャワーを浴びてバスローブのままで、ベッドに脚を投げ出してくつろいでいた。新聞に目を通していると、同じくバスローブ姿の東が隣に座る。ふわりとボディソープのいい香りがした。
「海の上で、こんな素敵なお部屋で過ごせるなんて、最高ですね」
新聞をたたみ、ベッドの下の引き出しにしまう。
「海の上っていっても、ヨットハーバーだからな。あちこち電気もついてるし」
誘蛾灯に外灯。少し離れた所に、民家や商店の灯り。
東が愉快そうにクスクス笑う。
「戴智さん、ムードが無いですね」
「ムードったって…野郎二人じゃムードも何もないだろう」
シャンデリアを消し、足元の非常灯だけをつける。真っ暗闇の海の上、四十フィートもの大きな船は、周囲にはない。ヨットや小型艇ばかりだ。誰もいない、二人きり。
戴智がベッドに横になると、東は密着して横たわった。戴智を抱きしめ、髪を撫で、その髪にキスをする。
「いつもと違うシャンプーですね」
「いつものを覚えているのか?」
艶やかな黒髪に、長い指が梳き入れられる。白い指は、日焼けで少し赤い。
「ええ、戴智さんの髪の香りは大好きですから」
戴智が笑いながら答える。
「シャンプーの匂いが好きなんだろ」
「いいえ」
髪で遊んでいた指が、今度は戴智の指を求めた。互いの指が絡まる。
「戴智さんの匂いと混じった、シャンプーの匂いがいいんです」
東が戴智の指にキスをする。一本ずつ、丁寧に。髪だけでなく、戴智の体臭が好きだというふうに。戴智も東の指にキスをした。互いの顔が近づく鼻に触れる距離になる。東は戴智の額にキスをした。額の次は鼻、頬。もどかしくなって、戴智は東の後頭部に手を回し、引き寄せた。
「唇にもしてくれ」
東の柔らかい唇が、戴智の唇に重なる。音を立てて離れ、また触れるだけのキスをする。
戴智はさらに東の顔を引き寄せ、深く口づけた。舌を入れ、東の舌にむしゃぶりつく。
「はっ…、ん…」
東の小さな声が混じる吐息が色っぽく、戴智はそんな声をもっと聞きたくてキスを続ける。
バスローブの紐をほどき、胸に手を這わせると、指先に硬く丸い突起が当たる。
「あっ――」
少しトーンの高い声を上げ、東は戴智を強く抱き寄せる。体をまさぐる手が徐々に下に伸びていき、へその辺りまで来たときに、戴智の手は東につかまれた。
「今日は、これ以上のことはしませんよ」
「なぜだ? 気持ちよくないのか?」
「いいえ、あなたの愛撫は大好きです」
東の少し日焼けして赤味のある手が、戴智の両頬を優しく包む。
「時間をかけて、ゆっくり愛し合いませんか? きっとこの方法が、うまくいきます」
戴智にキスを繰り返し、優しく抱きしめた。その腕が心地よくて、戴智はいつの間にか眠っていた。
SMごっこをした日とその翌日の風呂でのプレイでは、セックスができるほどではないが半勃ちした。東に任せていれば普通にセックスができる体になるのではないだろうか、そんな安心感もあり、戴智は東の腕の中で熟睡した。
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