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第20話

 九月下旬、いよいよプレゼン――決戦のときだ。エネルギー庁が公益法人・科学技術協会に委託した、宇宙資源採取装置のタービン部分を、王永製鉄が請け負うか、はたまたジースティ金属か。この商工会議所で雌雄を決する。  まずは王永製鉄。『新開発部』の技術室長が、大きなスクリーンに映し出された設計図を説明する。エネルギー庁や科学技術協会の職員は、厳しい目でスクリーンを見つめ、手元の資料も照らし合わせる。 「――さらに、現在特許を申請中なのですが、チタンを鉄に融接しても強度が変わらない技術を、我が社が開発いたしました」  場内がざわつく。世界初の特殊技術を生み出した王永への賛辞だ。  ジースティ側の社員も、何やら耳打ちしている。村瀬から得た情報とはまるっきり違っていたため、慌てているようだ。  その様子を見て、戴智と東はお互いに目を見合ってうなずく。  ジースティ金属のプレゼンになった。発表したのは、王永が一つ前にボツにした試作品。それでも品質的に問題はないのだが、王永はさらにその上を目指した。  ジースティのセールスポイントは、王永の情報を盗んでいたため試作品を製作した回数が少なく、低コストでできるという点だけだ。  十月初旬に決定が出た。王永製鉄の圧倒的勝利。今後、このプロジェクトは、王永製鉄が中心となって進められる。だが、うかうかしていられない。資源採取装置には、膨大な部品が必要で、元々エネルギー関連に強いジースティが得意とする部分も多い。  しかし、この勝利によって、王永製鉄『新開発部』の結束が固まった。  一人の男を除いて―― 「し…失礼します」  戴智の個室に、緊張気味に入ってきた村瀬は、入り口でガチガチに固まっている。呼び出された理由は、何となく察している。  戴智がデスクの上で両手を組む。その何気ない仕草だけでも、村瀬の肩がビクッと跳ね上がる。  東はいない。空いている会議室でパソコンを使い、インターネットでお祝いの飲み会を行う店を探している。 「まず、これに目を通してもらおうか」  戴智が差し出したのは、隠しカメラがとらえた村瀬の携帯電話の画像。ジースティに情報を流し、ウェブマネーのナンバーを受信している。  村瀬は青ざめた。プリント用紙を持つ手が震える。まさか自分の背後に、隠しカメラがあると思わなかったのだ。 「お前のしたことが、どれだけ会社にとって損害を出すのか。まさかわからない訳じゃないだろうな。多額の開発費と長い開発期間をかけた製品を、横からかすめ取る真似をしたんだぞ」  怒鳴るでもなく抑揚のない声だが、戴智の目は鋭く、村瀬を威圧するのに充分だった。  村瀬は戴智に向かい、土下座をした。 「も、申し訳ありませんでした…! ジースティの社員に話を持ちかけられ、情報量に応じて報酬を渡す、プレゼンに勝ったらジースティで優遇もしてくれると…!」  村瀬は地味なポジションだが、真面目で仕事はよくできた。そんな村瀬に目をつけたジースティは鋭い。と、感心したいところだが。 「お前の不正は、八月ごろに気づいた。それ以降は、お前以外の課長や室長たちにミーティングなどでも嘘の報告をさせ、工場とのやり取りは俺が行っていた。そのころからお前は、ジースティに偽の情報を流していたんだ」  村瀬は床に額をくっつけたまま、動けない。ジースティにも、“偽の情報を流して報酬を受け取る詐欺”として、今までの報酬を返せと要求されている。そのため村瀬は、戴智からの呼び出しの訳を何となく察していた。  村瀬はひたすら謝罪の言葉を並べた。王永製鉄だけでなく、ジースティ金属に対してもあったのだろうか。  戴智は立ち上がる。ゆっくりと歩き、ひれ伏している村瀬の前で止まった。 「製造課の係長というポジションが、実際には不在という状態だぞ。製造課全体にどれだけ負担がかかったか、係長であるお前にはわかるはずだ」  偽の情報を与えられた村瀬には、偽の仕事が与えられていた。偽の仕事を作ることと村瀬が本来やるべき仕事は、ほかの社員や戴智が担当していた。その労力だけでも相当なものだ。 「村瀬、お前の希望どおり、ジースティ金属に転職するか?」 「いえっ! それは…!」  転職などできるわけがない。村瀬はジースティを激怒させた。今までの報酬を返さなければ、どんな目にあうか―― 「安心しろ。こちらからジースティに隠しカメラの画像を送って、“今後村瀬に関わらなければ、今回の産業スパイの件は不問にする”と伝えてある。さらに、“送金済みの報酬に関してこれ以上村瀬を脅迫するようなら、こちらにも考えがある”とな」  村瀬は、涙と鼻水でみっともなくなった顔を上げた。 「一度はお前のクビの話が出たが、俺が取り消してやった。ただし、これから会議にかけるが、降格と減給、ボーナスのカットは免れないぞ。それと、二度目は無いと思え」  見下ろす目は、相変わらず厳しい。だが、クビがつながった喜びで、村瀬は感謝の言葉を繰り返しながら、床に額をつける。  本来なら、クビだ。しかも仁英の耳に入れば、今後村瀬は王永市では働けないだろう。戴智は何とかして、専務までしか話が届かないよう手配した。  こうしてまた、『新開発部』の結束は強くなる。

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