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第24話

「姉さんの…その、恋人には…話した?」 「ええ。昨日、父さんから聞いてすぐ、璃子(りこ)に電話して話したわ」  姉が携帯電話の画像を見せる。姉と二人で仲睦まじく、髪の長い女性が写っている。目は大きく少し幼く見えるが、二十五歳だという。  巴璃子(ともえ りこ)。一奈が経営するインテリア会社で、金属製のブックエンドや壺といった小物類や、モビールやオブジェなどのデザイナーをしている。 「璃子とは、戴智の結婚が決まれば、番になるはずだったの」  巴家は王永一族の遠縁にあたり、璃子の父親は都市銀行の副頭取で、叔父には王永市議会議員もいる。久慈には劣るが、良家の令嬢だ。  結果的に戴智が二人の仲を壊したのは、まぎれもない事実だ。自分と東だけでなく、一奈と璃子までも。  一奈は一つため息をつくと、独り言のようにつぶやいた。 「戴智は好きな相手が見つかったら、その人と結婚するといいわ。いいお家柄なら、父さんも賛成するし」 「いや…」  戴智は組んだ両手に力をこめた。 「俺と東は恋人同士なんだ…」 「何ですって?!」  元々は仁英が決めた相手だが、仕事やプライベートでいっしょに過ごすうちに恋人同士になった、と戴智は一奈に説明した。一奈が目を見開いて弟を見る。恋人を奪われた弟を。 「だから、俺も苦しい…。姉さんたちを酷い目に合わせ、俺は東を失う。何とかして、この状況をいい方向に持っていきたいんだが…」 「無理よ」  一奈は細長い煙草に火をつけた。テーブルの灰皿を見ると、吸い殻がかなり溜まっている。苛立ちから、本数が増えたようだ。  ため息とともに煙を吐き出す。 「父さんの決定は絶対だわ。誰が逆らえるもんですか」  こうなれば、二組で駆け落ちしかないのか。それは最終手段だ。会社も何もかも放り出して、逃げるわけにはいかない。それに、仁英があらゆる手をつくして探し出すだろう。王永一族の由緒正しい血を守るために。 「俺は諦めない。何とか方法を考えるよ」  戴智はそう言い残して、一奈の部屋を出た。  戴智はまた、東の部屋に向かった。エントランスのインターホンを押すと、東が出た。 「俺だ、戴智だ! 話があるんだ!」  東は無言でロックを解除する。その様子からして、かなり落胆しているのがうかがえる。  チャイムを慣らすと、ドアが開いて東が顔を見せた。今朝、戴智を送り出したのとは同一人物とは思えない。姉の一奈と同じく、疲れきった表情だ。人前で、疲れた表情など見せない東のはずだが――  リビングに通され、戴智はソファーに座る。東も向かい側に座る。東はずっと無言だった。 「東…その、父さんから話があったとおもうんだが…」 「はい、一奈さんと番になるように言われました」  まるで業務報告でもするかのような言いぐさだ。今朝と違って疲れ果てた様子だが、一奈よりも取り乱していない。 「こちらは、お返しいたします」  東がテーブルに、ビロード張りの小箱を置いた。戴智はわざと、それから目を逸らす。指輪の件には触れず、戴智は話を続けた。 「姉さんにも、巴璃子さんという恋人がいるんだ。王永の遠縁で、父親は都市銀行の副頭取、叔父が市議会議員の巴郁郎(ともえいくろう)だ。父も絶対に反対しない、そんな家柄の人だ。本当なら、姉さんが璃子さんと番になるはずだったんだ」  東は静かに戴智の方を向いて話を聞いている。だが、こんな冷め切った表情を、戴智は初めて見る。 「姉さんが璃子さんと、俺が東といっしょになれる方法を、何としても考えなくてはならない」  東が無言で席を立った。お茶を淹れるため、キッチンに向かう。  何か考え事をしていて無言、というわけではなさそうだ。この状況を打開する方法を考えようとしているのは、戴智一人でしかないような気がした。戴智が東に尋ねた。 「お前の意志はどうなんだ?」 「どう…って言われましても」  玉露の茶筒を開け、急須に茶葉を入れる。 「仁英伯父様がおっしゃるとおりにいたします」  戴智はソファーから立ち上がった。仁英の言うとおりとは、一奈と結婚するということだ。戴智が東の背後に立つ。 「なぜだ! お前はそれでいいのか!」  東の肩を揺さぶる。東は動じず、コンロの火を止めた。 「僕が一奈さんとの子供を産み、王永を継がせます。王永製鉄はあなたが社長を務めた後、僕たちの子供が継ぐことになりますね」 「東…」 「ですから、戴智さんは別の方とご結婚なさってください」  ケトルのお湯がほどよい温度になると、東は急須にお湯をそそぐ。何事もないような、そんな一連の動作が、戴智を苛立たせる。 「東!」 「あっ!」  戴智が後ろから東を抱きしめた。その拍子に、ケトルがひっくり返る。幸い、火傷はなかったが、キッチンがびしょ濡れだ。床にも湯がこぼれる。 「俺はお前としか、番になるつもりはない!」  東の服の下から手を潜りこませ、乳首を探り当てた。 「いやっ…」  振り向いた東の唇を奪う。拒否の言葉など言わせないように。

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