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第27話
東の気持ちを確かめられた日の夜、戴智は一奈に電話をした。
「もしもし、姉さん?」
《戴智…、どうしたの…》
やはり一奈はまだ、あれから元気がない。
「その…何かいい方法を思いついたかなと思って」
《方法どころか、毎日生きていくだけで精一杯よ。仕事のときは気が張りつめてるから、支障は無いけど…。父さんとも顔を合わせづらくて、あれからホテル住まいしてるの》
両親には、一人になって考えたいと告げた。二十八歳の大人であり、泊まる場所も王永グランドホテル――つまり、一族の経営だ。両親も快く承諾してくれた。
「璃子さんとは、連絡を取ってるのか?」
《いいえ。会えばつらいから…。仕事上での連絡は、秘書に頼んでるの》
直接会えば、想いが再燃する。一奈の場合、仕事上での接触は秘書に頼めるが、戴智の場合その秘書が東だから、どうしようもない。
《戴智はつらいでしょうね。東君と仕事で顔をつき合わせる分》
「ああ。だが、もう俺たちは自分の気持ちに嘘をつかないことにした」
一奈が黙りこむ。戸籍上、一奈と東が夫婦ということにして、戴智は東との交際を続行してもらってもいい。
だが、例え仮面夫婦であったとしても、子供ができなければ変に思われる。一奈にはアルファとして子種があり、東も子供が産める体だ。
《私だって、できれば内緒で璃子と会いたいわよ。でもそんなの、いつかバレるわ》
いっそ、父が独断で決めた結婚だから、当の二人は相性が良くありませんでした――と離婚をしてしまう手もあるかもしれない。だが、そうなったときでも、仁英は一族から一奈の相手を勝手に決めるだろう。璃子も一族には間違いないのだが、優劣の順位で言えば、低くはないが決して高くはない。一奈の番の候補は、あと五、六人はいる。
《璃子が選ばれるまで離婚と結婚を繰り返すなんて、それこそ父さんに怒られるわ》
三人目あたりで、“この恥知らず”と結婚はもう許されないかもしれない。
「不倫関係が発覚するのは、配偶者にバレるからなんだ。四人とも互いに理解していれば、外部に漏れることはないんじゃないか?」
戴智も璃子も、独身を貫く。その上で戴智は東と、一奈は璃子と付き合い続ける、という提案をしてみた。
《…うまくいくかしら…。それに跡継ぎが生まれないことで、怪しまれるわ》
「子供は体外受精にする、という手はどうだ?」
《戴智はそれで我慢できる? 私の子を身ごもって産んで育てる東君を》
確かに、いい気分はしない。その上、妊娠中や子育て中には、あまり東に会えない。一奈も璃子と会いたいからといって、しょっちゅう家を空けていては周囲から見ればどうだろうか。
「…やっぱり、何か別の方法を探そう…」
《もう無理よ》
携帯電話の向こうから、はっきりとした声が聞こえた。
《東君と璃子が入れ替わらない限り、私たちに幸せなんて…》
入れ替わる。
東と璃子が。
戴智は思わず立ち上がった。
「あっ…!」
《どうしたの戴智?》
「姉さん、いい方法を思いついた! そのための準備があるから、少し待ってくれ。近いうちに東と璃子さんも入れて、四人で話したい」
驚く一奈に、戴智は“安心してくれ”と通話を切った。
それから一週間後、戴智は部屋に東と一奈、璃子を呼んだ。一奈に連れられて緊張気味の璃子は、写真で見せてもらったとおり、大人しそうな印象だ。一奈と並んで小柄だが、良家の令嬢らしきしとやかさがある。
初対面の挨拶もそこそこに、四人はリビングのソファーに座る。戴智の隣に東、向かい側に一奈、その隣に璃子。
戴智が話を切り出す。
「本当なら、四人で食事でもしながら…と考えたんだが、他人には聞かれたくない話なんだ。できれば、身内や親しい友人にも黙っていてほしい」
あとの三人は、固唾を飲んで戴智の方を見ている。戴智は落ち着き払った様子だ。穏やかな目を、璃子に向ける。
「ああ、女性がいらしてるのに、お茶も出さず失礼しました。話が終われば、俺と東で用意しますから」
璃子は慌てて手を振りながら答える。
「い、いえ、お構いなく…」
戴智の目つきが変わる。
「これから話すことは、絶対、誰にも言わないでほしい。バレたら何もかも終わりなんだ」
膝の上で両手を組み、少し身を乗り出す。
「両親も親族も友人も――さらには自治体や国だって騙すことになる」
一奈が少し苛立ちを見せて、眉を寄せる。
「いったい、何の話なのよ」
“姉さん、煙草でもどう?”と、テーブルの下の棚に用意していた灰皿を置いた。一奈に電話をした後日に、買っておいた灰皿だ。一奈がバッグから煙草を取り出してくわえると、火をつけた。苛立った一奈に一番の薬だ。そのために戴智は、自分に必要ない灰皿を用意したのだ。
「これがうまくいけば、俺と東、姉さんと璃子さんは、いっしょに生活できるし子供だって産める」
戴智は再び膝の上で手を組み、両手に力をこめた。
「姉さんと東、俺と璃子さんが結婚するんだ」
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