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第28話
「…何ですって…」
一奈は指に挟んだ煙草を落としそうになった。東と璃子も、驚いて戴智を見ている。
「こういうことなんだ」
戴智は、ハガキ大のメモ用紙を取り出した。
「婚姻届を出して、戸籍上は俺と璃子さん…」
紙に黒のペンで“戴智”、その右隣に少し間を開けて“璃子”と書いた。
「姉さんは東と夫婦になる」
行間を開けて下――ちょうど戴智の名の下に、“一奈”と書く。同じように右隣に少し間を開けて“東”と書いた。東の名は、璃子の真下にある。
「表向きは、俺と璃子さん、姉さんと東が夫婦なんだ」
黒のペンで、戴智――璃子、一奈――東と横に線を引く。
「だが、実際に生活するのは、取り替えた相手。つまり、こうだ」
赤いペンに持ち替えた戴智は、ど真ん中に大きく“×”を書く。
戴智 璃子
×
一奈 東
「オメガ二人をクロスさせて交換する。住む家は、二世帯住宅だ」
三人とも戴智の言いたいことはわかったが、そんな生活が可能なのか、疑問をいだいている。
一奈は灰皿に煙草を押しつけた。
「二世帯住宅…ってことは、玄関だけ別々なわけ?」
「とりあえず、これを見てくれ」
戴智がA3サイズのコート紙を広げた。
「王永家の敷地に、家を建てるんだ。設計を依頼した。敷地内に住むのは、父さんも母さんも大賛成だ」
まずは一階。玄関は二つ、庭は共通。南向きにガレージとテラスがある。ガレージも共通だ。リビング、客間が左右対象に二つずつある。
二階は寝室やダイニングキッチンや風呂。これも左右対象に二つずつ。三階は広いフリールームになっていて、どちらの家からも行ける。
「玄関と一階は別々。ガレージは、東がどちらの家にいても俺の車を使えるよう、共通にしている。二階は廊下でつながっている。三階は、将来子供部屋として使う。ドアが両側にあり、両方の家から行き来が可能だ。子供の人数に合わせて、リフォームして区切ればいい」
「ですが、戴智さん」
東がやっと口を開いた。
「二世帯住宅に僕と戴智さん、一奈さんと璃子さんが住んだとして、もしも伯父様や伯母様、僕の両親や知人などが訪ねて来たら、どうなさるんですか?」
「そのための、二階の通路なんだ」
普段、戴智と東、一奈と璃子が各家庭で生活をする。仮に璃子の両親が泊まりに来たとする。璃子と戴智が両親を迎え客間に案内すると、寝室のある二階に上がり、璃子は一奈側の寝室に行けばいい。
両親が璃子に何か急用があっても、璃子をすぐに呼べる。
万が一、急に誰か訪ねて来たとしても、二組とも“仕事の話をしていた”で通る。
「食器などの生活用品などは、東と璃子さんは両方の家に用意するといい。衣類や化粧品、仕事で必要なものは、それぞれ自分の生活する場だけに置いておいても大丈夫だ。わざわざクローゼットを開けたりする他人などいない」
二世帯住宅で生活するのは、それでみんな納得した。だが、まだ問題がある。
「戴智、子供の件はどうするのよ」
一奈がまた、煙草に火をつけた。
「それも考えてあるよ、姉さん」
ペンをいじりながら、戴智が答える。
「璃子さん、あなたが姉さんとの子供を産んでください。その子供は、表向きには姉さんと東との体外受精卵を代理出産した、ということにします」
璃子が目を見開いて戴智を見た。
「それで…大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。東の血液型はB型、姉さんの血液型はAB型。つまり、A、B、AB型の子供が生まれる可能性がある。なので、璃子さんの血液型が何であれ、生まれる子供はO型以外なので、怪しまれることはありません」
璃子は自分の血液型がA型だと説明した。一奈との子供は、A、B、AB型になる可能性がある。
「東は仕事の都合があるため、俺との子供を望めない璃子さんに、代理出産を依頼したことにする。そして、四人で子育てをする。そのため最上階のフリールーム、将来の子供部屋はどちらの家からも行き来できるんだ」
戴智はそこまで将来的に考えて、建築士に設計図を依頼した。
「ねえ戴智、子供の顔が東君に全く似ていなくて、璃子そっくりになったらどうするの」
不敵な笑みを浮かべ、戴智が一奈の質問に答える。
「調べたんだが、代理出産でも産みの母の遺伝子は多少出るそうだ。いっしょに生活するうちに何となく似てくる、という可能性もあるからな。それから、東――」
戴智の顔から笑みが消えた。
「東には、自分の血が全く流れていない分、子育てには負担をかけてしまうが…すまない」
少し目線を下げて謝る戴智に、東は首を横に振った。
「いいえ。僕は子供が大好きです。縁者に当たる子供ですから、僕も無縁ではありません。それに、子育ては四人でしますから、何も負担にはなりませんよ。おいしいご飯を作ってあげます」
東の笑顔に安心して、戴智は一奈の方を向いた。
「姉さん、璃子さんの作品を何点か買わせてほしい。俺が璃子さんと知り合ったきっかけを、姉さんの会社で璃子さんの作品を買って、デザイナーに会ってみたいと言った、ということにしたいんだ」
「いいわよ。私のお気に入りからいくつか、持って来るわ」
次に、戴智は璃子の方を向いた。
「璃子さん、戸籍上俺と夫婦になるから、会社関連のパーティーや親族の集まりに、俺の妻として出席してもらうことになります。精神的につらいかもしれませんが、俺が全力でフォローします。親族の集まりなら姉さんもいるし、心強いと思いますから心配なさらず」
璃子はかしこまって、両手を膝の上に重ねて頭を下げる。
「あ、はい。よろしくお願いします」
戴智は顎に手を当てる。
「まあ、ざっとこんなもんかな…」
「待って、戴智。結婚式はどうするの?」
一奈の質問は、想定外だった。
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