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第30話
ドアの向こうから、女性の声が聞こえる。
「もうお一組様もお支度ができました。チャペルまでご案内いたします」
鍵はかかっているから、いきなり入って来られることはないが、すぐに出ていけない状況だ。
戴智は東の方を向いてニヤリと笑うと、腰を打ちつけながら、ドアの向こうの声に答えた。
「ああ、すまない。すぐに行く。式は何時からだったかな?」
「十一時でございます」
東のペニスを扱きながら、戴智の亀頭は東の前立腺を突く。
「…んっ」
喉の奥から、声にならない声がもれる。“シッ”と人差し指を口に当て、戴智は意地悪く微笑む。東の目尻に、涙が浮かぶ。
「そうか。チャペルは確かこの部屋を出て右の、エレベーターで…何階だっけ?」
「二階でございます。ご準備が整いましたら、ご案内いたします」
女性との会話の間、戴智が激しく腰を振る。東がオーガズムに達した。テーブルにあったボックスティッシュを引き寄せると、戴智は飛び散った精液を丁寧に拭く。
「ああ、準備ができたら自分たちで行くから大丈夫。どうもありがとう」
何度か腰を打ちつけ、ペニスを引き抜いて、戴智は手のひらのティッシュの上に精液を出した。亀頭を拭き、東の服をなおしてやる。東は赤い顔で、不機嫌そうに戴智を見つめる。
「…戴智さんの意地悪…」
「ん? どうした?」
自分の服もなおし、東の髪を整えてやりながら、戴智は優しく微笑む。
「式の時間もチャペルの場所も、知っているくせに」
戴智はわざと係員と話をし、東に恥ずかしい思いをさせた。
「でも、ああいう状況も燃えるだろう?」
「恥ずかしいですっ」
結婚式前なのに、パートナーの機嫌を損ねてしまった。戴智は東を思い切り抱きしめる。
「悪かった。恥ずかしがるお前が、可愛かったから」
なかなか離そうとしない戴智に、東は背中を軽く叩いて促す。
「ほら、もう時間ですよ。一奈さんと璃子さんが、お待ちしてるはずです」
チャペルに着くと、ウェディングドレス姿の一奈が、腰に手を当て仁王立ちしていた。
「姉さん、花嫁のポーズとは到底思えないんだが」
「いったい、どれだけ待たせるのよ! 十分も過ぎてるわよ! 式場のみなさんのご迷惑も考えなさい!」
まさか晴れの日に姉に怒鳴られるとは思わなかった。この場をなだめるため、戴智と東はひたすら謝る。
一奈の隣で、璃子が困った表情を浮かべる。
「一奈さん、もういいじゃありませんか。さ、早く」
璃子に助けられ、ホッと胸を撫で下ろす二人をチラリと見て、一奈は璃子とともにチャペルのドアの前に立ち、小さな声でつぶやいた。
「まったく…イチャイチャなら、帰ってからしなさいよ」
戴智と東は顔を見合わせた。乱れた髪はなおした。タイも曲がっていないし、シャツにもシワは無い。
「あ」
二人は互いの胸のブートニアを見た。花がペチャンコにつぶれていた。
一奈と璃子、後ろに戴智と東が腕を組んでヴァージン・ロードを歩く。二組が神父の前に並ぶ。列席者はいない。両親には、披露宴は盛大にやるから、式は二人だけでそっと挙げたいと頼んだ。
東の左の薬指には、戴智が送ったプラチナの平打ちの指輪。一度は戴智に返したものだが、戴智はそれを受け取らず、東も捨てずに大切に保管していた。
式の後は写真撮影。つぶれたブートニアは交換してもらった。
一奈と璃子、戴智と東が撮った後、両親や親しい人たちに見せられるよう、一奈と東、戴智と璃子との組み合わせでも撮る。
写真撮影を終えて、控え室に戻った。
ジャケットを脱ぎ、タイを外し、戴智が言った。
「両親に見せる写真はすぐに出せる所にでも置けばいいが、俺たちのは新居に金庫を置いて、そこに保管するつもりだ」
「…少し寂しいですね。隠しておかないといけない関係なんて」
東はシャツのボタンを外し、ため息をつく。
「…悪いな。全部、俺の責任だ」
戴智が無精子症でなければ、堂々と東と結婚式ができた。一奈も璃子と普通に結婚できた。戴智も椅子に座り、ため息をつく。
「いいえ、戴智さんのせいではありません。写真の件ですが…」
「何だ?」
「写真は大きな封筒に入れておきます。何十年か後、どちらか残った方が遺言を書き、“封筒を開封せずに棺の中に入れてくれ”と残しておきませんか?」
「…そうだな…、墓まで持っていかないといけない秘密だ」
戴智は乱暴に頭をかきむしった。その手を、はたと止める。
「秘密の関係…っていうと、何だか不倫みたいな関係じゃないか?」
「そうですね、お互い既婚者ですから」
東が戴智の後ろに回り、背をかがめてそっと抱きしめる。
「そう考えたら、ゾクゾクしますね」
東の声がやたらエロティックで、戴智はニヤリと笑う。
「そんなこと言って俺を煽るのか。今夜は覚悟しておけ」
こうして無事、結婚式はすんだ。
新居は建設中で、出来上がるまではそれぞれ、今のマンションに住む――というのは表向きで、東は戴智のマンションに、一奈は璃子のマンションに住む。
万事うまくいったようだが、問題が一つ浮かび上がった。
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