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第37話
春になり、新居ができた。一階は駐車スペースが車四台分。玄関は二ヶ所あり、リビング、キッチン、ダイニング、客間などが左右対象に二つずつある。
二階は寝室とクローゼットの部屋、書斎など仕事や趣味に使える部屋。
廊下の突き当たりにはドアがあり、互いの家から行き来できる。
三階はフリールームのような大きな部屋になっていて、子供が産まれたときに、子供の人数に合わせて部屋を区切る。このフリールームはドアが二つあり、両方の家から出入りできるようになっている。
引っ越し作業も済み、戴智と東のダイニングで一奈と璃子を食事に招待した。
最近東が作り方を覚えたローストビーフに、戴智が好物だというじゃが芋のグラタンなど、ご馳走が並んだ。
「東くん、本当に料理が上手よね~。子供ができても安心だわ。璃子も料理上手だし」
一奈の絶賛に、東が照れながら後片付けをする。
「後で、璃子さんが焼いてくださったケーキを切りましょうね」
四人はリビングに移動し、璃子お手製のチーズケーキを食べながらコーヒーを飲む。
戴智と東は、久しぶりに食べるスイーツに顔をほころばせた。
「男二人だと、こういう物はめったに食べないから、貴重だよな」
「ええ。こんなにおいしいケーキが焼けるんですから、女の子が産まれたら璃子さんがお菓子作りを教えてあげられますね」
子供が産まれたら。それは、一奈と璃子の子供で、表向きには一奈と東の受精卵を璃子が代理出産すると公言する子供だ。
ケーキを食べ終え、戴智は決意を新たにしたようにうなずく。
「子供が産まれて、その子供が成長したら、俺たちが王永を変えるんだ」
戴智にコーヒーのおかわりを淹れた東が尋ねる。
「変える…というのは、どのようにですか?」
「子供には、好きな相手と結婚させる。俺たちが相手を決めるんじゃない」
王永家では、代々当主が次期当主、つまり長男の結婚相手を一族の中から決めていた。
父親である仁英の身勝手ではない。仁英自身も、妻の奈津子は先代が決めた相手なのだ。
一奈が煙草をふかし、首をかしげる。
「戴智がそう断言しても、まわりがそれを許すかしら」
戴智が王永家当主になったとして、一族の年寄り連中にはいまだに古いしきたりにとらわれている者も多い。因習陋習を覆すことは、案外難しい。
「俺たちがそれを証明する。いずれ、子供だって姉さんと璃子さんの子供であることも明かす」
璃子は確かに一族の者だが、当主が決めた相手でなくても、優秀に育つことはできる。四人がかりの子育てで、戴智はそれを証明しようと思った。
「もちろん、結婚相手は信頼できる人物で、親兄弟親戚にも前科者などの問題人物がいない、というのは条件だけど、子供が選んだ相手を尊重する。俺たちが子供を信頼しないでどうする」
黙って話を聞いていた璃子が口を開く。
「そうですよ。親が相手を決めなくても、互いを支え合える最良のパートナーを見つけて番になれます。私と一奈さん、戴智さんと東さんがそうですから」
璃子の言葉に、全員が勇気づけられた。戴智と東は、もともとは仁英が決めた相手だが、互いの意思で結ばれている。
「それから――」
戴智は深刻な顔つきになった。
ここまでは王永家での話。ここからは、何万人という社員を抱える王永財閥の話になる。慎重に考えなくては、会社を支える柱がもろくなり崩れてしまう。何万人もの社員と、その家族が犠牲になる。
「子供には、会社を継ぐかどうかの選択も任せようと思う」
あとの三人が、驚いて戴智を見た。因習陋習にとらわれないみんなだが、財閥自体の伝統まで覆すのは、ある意味賢明とはいえないかもしれない。
東が不安げに戴智に尋ねた。
「戴智さん、子供が会社を継がない場合、社員の中から選ぶことになりますが」
「ああ。まだ先の話だが、それまでには体制を作りたい。王永財閥の中心である王永製鉄を継ぐ。誰にでもそのチャンスはあるんだ。やる気のある者が、どんどん出てきてくれればいい」
「…世襲でやってきた会社を、第三者がどこまで支えられるかしら」
一奈の意見ももっともだ。だが、そこは戴智も考えている。
「取締役会で、審査をしてもらえればいい。社長候補が複数いた場合、派閥ができて摩擦が起こるだろうから、上層部の人選も難しくなるかもしれない。全ては今からの社員教育から始まる」
まだ何年も先の話になるが、土台を作っていかねばならない。一族のトップに会社のトップ。その両方を支える戴智の、重大な任務だ。
王永は変わる。変わらねばならない。次代に悲しむ子供が出ないように。
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