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第41話

 璃子の仕事は、鉄製のインテリアやオブジェのデザイナーだ。普段は一奈の会社で製作をする以外は、事務の仕事も手伝っている。璃子は七ヶ月ごろまで働きたいと言ったが、一奈が許可しなかった。つわりの症状が酷いときもあるため、在宅でできる仕事だけを体調がいいときにする、という形になった。  戴智と東の方は仕事も軌道に乗り、今年の盆休みにはどこに行くかと相談をしているところだ。まだ三ヶ月ほど先になるが、クルーザーのメンテナンスや停泊場所の検討をつけるためだ。  そんなある日、王永の執事・曽根崎が戴智のところに来た。時刻は午後八時。こんな時間に、仁英からの呼び出しだという。 「父さんが? わざわざ何の用だ?」 「用件は伺っておりませんが、戴智様と璃子様、一奈様と東様の四名様でお越しを、とのことでございます」  もうすぐ七十歳になる曽根崎は痩せぎすだが、真っ白の髪を横分けにして背筋も真っ直ぐ伸びて上品なイメージだ。王永一族の威圧感のある年寄り連中に混じっても、引けを取らない。  四人は曽根崎について本邸まで来た。歩いて行ける距離なのだが、仁英からの急ぎの用事とは何なのか、不安に思いながらの道のりは遠く感じた。  曽根崎は四人を応接間に通した。仁英と奈津子が並んで座っている。  その向かい側のソファーに、戴智と璃子、一奈と東が座る。  曽根崎が下がった後、仁英が身を乗り出す。それだけで室内の空気が張りつめた。御影石のテーブルに、仁英は左の手のひらを乗せた。 「四人とも、こうして左手をテーブルの上に乗せなさい」  訳がわからないまま、四人は言われたとおりに手を置いた。  奈津子はじっと見下ろしている。仁英は虫眼鏡を出し、それぞれの手を――否、指輪を見ている。  もはや、手を引くことはできない。仁英の用件が何なのかを悟った四人に、冷や汗がにじむ。 「戴智」  厳しい目に見据えられ、戴智は畏縮する。 「指輪を外して見せなさい」  拒否の言葉も発せられない。拒否したところで、指輪を見せられない理由など、普通ならありはしない。  太って抜けなくなった、とでも言えばいいだろうか。だが、後の三人も同じ言い訳が通用するはずもない。戴智は黙って指輪を外し、仁英の前に置いた。  仁英はプラチナで平打ちの指輪をつまみ上げ、虫眼鏡で内側の刻印を見る。日付とともに、互いのイニシャルが刻まれている。  “A to T”  東から戴智へ。璃子との指輪なら、“R to T”と刻まれていなければならない。  仁英は指輪を奈津子にも見せた。今度は一奈の方を見る。 「一奈も、指輪を見せなさい」  一奈は明らかに強がりと見える笑みを浮かべた。 「今さら確認したって、もうわかったでしょう?」 「いいから見せなさい!」  仁英の怒号に肩をすくめ、一奈も指輪を外して、仁英の前に置いた。  戴智のと同じようにつまみ上げ、刻印を虫眼鏡で確認する。  “R to I”  仁英は同じくプラチナで、丸みを帯びた指輪も、奈津子に見せた。奈津子は小さくため息をつく。 「璃子さんの手元を見たとき、奈津子の指輪に似てると思ったのよ…。戴智の指輪をよく見たら、璃子さんのとはデザインが少し違うし、どうしてかしらとお父さんに相談したのよ」  戴智と東は平打ちで、一奈と璃子は丸みがある。どちらもプラチナで太さも似ている。デザインを微妙に変えたのは、戴智は東と、一奈は璃子とパートナーであるという証が欲しいという、譲れないこだわりからだった。  それが仇になってしまった。 「どういうことか、説明してもらおうか」  もうここまでくれば、逃げ道はない。戴智は観念して話し始めた。 「…実は…父さんが、姉さんと東を番にすると決めたとき、すでに俺と東は付き合っていました」  心の奥底では、こういう場面を望んでいたのかもしれない。何十年も隠し続けて罪悪感に苦しむよりも、暴露して心を軽くした方がいい。その上で、それぞれが想い人といっしょになれる方法を考えた方が、よかったのかもしれない。 「元々、姉さんの恋人は璃子さんでした。だから、俺たちが別れずにすむ方法として、今のこの偽装結婚を思いつきました…」  仁英がテーブルに勢いよく手をつき、立ち上がった。 「それで今まで私たちや親族みんなを騙していたのか!」  仁英の怒鳴り声に、戴智は“申し訳ございません”と頭を下げるしかなかった。 「どうりで、結婚式も新婚旅行も同じ、新居も同じにしたはずだ。戴智と一奈は双子とはいえ、今まで行動をともにすることも無かったから、おかしいとは思ったが…!」  奈津子が璃子の方に身を乗り出す。 「お腹の子は、璃子さんと一奈の子供なのね?」  璃子の肩がビクリと跳ね上がった。 「そうです…。す、すみません、今まで隠していて…」  璃子も頭を下げたきり、黙りこくった。再び顔を上げたのは、次の仁英の怒声にだった。 「その子供は不貞の子だ! 堕ろせ!」 「あなた、そこまでしなくても…」 「お前は黙っていなさい!」  奈津子は璃子に、中絶手術をさせたくはない。だが、仁英には逆らえない。代わりに一奈が立ち上がった。

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