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第42話

「酷いわ、父さん! 私の子よ?! 王永の跡取りなのよ!」 「戸籍上では、お前と東くんが夫婦なのだ! ほかの者との子供は、不貞をはたらいたことになる! そんな子は跡取りと認められん! 親族に申し訳が立たん!」  戴智は唇を噛んだ。この偽装結婚を思いついたのは、戴智なのだ。せっかく芽生えた命が、殺されようとしている――全て自分のせいだ。戴智は自分自身に対して、怒りがこみ上げてきた。  一奈も、何も言い返せなかった。力を落としてソファーに座る。 「いいか、お前たちの番は解消しろ。あの家は処分する。一奈と東くんは、子供ができるまでこの家で謹慎だ」  唇を震わせ、一奈がつぶやいた。 「そんな…仕事は…」 「家の電話を使って、部下に指示を出しなさい。やり取りは全て記録させるがな」  あまりの横暴だが、一奈たちには反論する権利はない。奈津子も夫を止められない。何も言えないまま、つらそうに横を向く。 「戴智、それと璃子さん」  仁英は戴智と璃子の方を見た。二人の背筋に緊張が走る。 「二人は本社の近くにある社宅に住みなさい。私が手配しておく。それと、四人とも携帯電話は解約させる」  この市内では、全てが仁英の思いどおりだ。誰も逆らえない。 「四人とも、携帯電話を出しなさい」  四人は顔を見合わせた。急な用事だと呼び出された上に、敷地内であるため携帯電話は持って来ていない。  戴智が膝の上で拳を握りしめ、できるだけ感情を抑えようとしている。 「今は…持って来ていません…多分、全員…」  一奈が身を乗り出す。 「父さん…璃子や東くんの分まで?!」 「そうだ。お前たちが連絡を取り合って、また私に内緒でよからぬことを企まないようにだ」 「あ、あの…父さん…」  遠慮がちに戴智が言う。こんなに畏縮した戴智を見たのは初めてで、東もどう言っていいのかわからない。 「携帯電話が無いと、仕事に差し支えます。大事なプロジェクトがある今、俺が仕事を抜けるわけにはいきません」  仁英はそこも考えている。カッとなって息子の携帯を叩き割る真似はしない。戴智は会社のブレーンなのだ。 「すぐに携帯電話を持って来なさい。仕事関連の連絡先を控えておく。明日、私が代理で新たに契約する」  新たに契約した携帯電話で、曽根崎が仕事関連の連絡先を登録しなおし、メールで連絡できる分は、執事が代理で相手先に送る。  メールアドレスがわからない電話番号に関しては、戴智からかけて携帯番号が変わった旨を伝えなくてはならない。  面倒な仕事が増えたが、これが王永家に逆らった報いなのだ。  再び家に戻り、四人は執事の曽根崎に携帯電話を預けた。璃子は産休だが、“子供ができるまでは謹慎”を言い渡された東は、明日から長い休暇になる。  明日中に部屋を片付け、明後日には引っ越し作業だ。つまり、戴智たちも一奈たちも、愛する人と過ごせるのがあと二晩となった。  明日は仁英が引っ越し業者を呼んで、荷物を梱包してもらう。東は同じ敷地内なので、ほとんどまとめる必要がない。  何もする気が起きず、戴智と東はぼんやりとソファーに並んで座る。 「戴智さん…、璃子さんのお体は大丈夫でしょうか…」 「ああ…。姉さんの代わりに、俺がついていないとな」  まだ安定期には入らず、精神的ショックからの流産が怖い。このような結果になった以上、璃子は実家には帰れない。 「東」  戴智が東の手を握る。この先一生、握れないかもしれない手。だが、そんな考えを頭から追い払った。 「俺は諦めない。必ずまた、いっしょになれる日が来る」  それがいつの日か、見当もつかない。たとえ仁英が亡くなったところで、一族のお歴々たちに口うるさい者が多い。  王永家は仁英の独断でもあるが、一族の中で仁英よりも年上の者たちが、あれこれと意見してくるのだ。 「戴智さん…これで最後…なんてことにはならないでしょうか」  東の目が潤んでいた。東の意味するところは、これから先、体を重ねることはないのか。  戴智の手に力がこめられた。 「そんなことはない。俺は本社の近くの社宅にいる。お前はこの家から勝手に出られないし、俺もこの家には近づけないだろう。だが、必ずいつか会える。だから、番は解消しない」  どちらからともなく、唇が重なる。そのまま戴智は東をソファーに押し倒した。この唇を次に味わえるのはいつだろうか、この肌に触れるのは――そんな苦しい思いで、お互いを求め合う。  だが……。 「戴智さん? どうしました?」  動きが止まった戴智を見上げ、東が尋ねる。戴智は体を起こし、再びソファーに座ると“くそっ!”と悪態をつきながら髪をかきむしった。  戴智はまた、勃起しなくなった。東がどれだけ愛撫しようと、柔らかいまま。まるで去年の今ごろのようだと、戴智は力無く笑う。  これから離れ離れになるのに、東を抱けない。だが、それならもう一生、勃起しなくてもいいんじゃないか。そう自嘲する戴智に、東は何も言えなかった。

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