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第49話

 三が日が過ぎ、初出勤を迎え、正月気分が落ち着いたころ。  戴智と璃子は、両親に呼ばれて王永家に引っ越してきた。戴智と東は、離れの書院造の建物に住む。元々は仁英が引退後、奈津子とともに隠居生活を送るための離れだったが、そこを戴智と東に新居としてプレゼントし、仁英と奈津子は戴智たちが以前二世帯住宅を建てていた敷地に、隠居後の家を建てる予定だ。  一奈と璃子は、本邸の一奈が使っていた部屋に住む。  戴智と東は、王永製鉄の『新開発部』に復帰した。部長も秘書も、ポストは埋まっていなかった。戴智は、もしや仁英の取り計らいで、いずれ戴智が戻れるようにしていたのかもしれないと考えたが、当の仁英や上層部に聞いても答えてはくれないだろう、真相は謎のままだ。  一奈も今までどおり、代表取締役としてインテリア会社を経営する。璃子は一年間産休を取り、育児の合間にデザイン画を作成したりする。  もちろん、育児は戴智も東も一奈も参加する。  王永家の離れで、藍色の紬に綿入りの半纏を着た戴智は、雪見障子越しに外を眺めていた。庭石の上が、うっすらと白い。雪は日が沈んでから降りだした。冬牡丹の赤い花に粉おしろいを降り、飛び石や沓脱石にも薄い化粧を施す。垣根に囲まれた日本庭園風の箱庭は、冬景色に染まる。  そっと、反対側の襖が開いた。深緑の紬に、戴智と同じく綿入りの半纏を羽織った東が、廊下に膝をついている。 「戴智さん、お持ちしましたよ」 「ああ、すまない。ありがとう」  今日の夕食は、一家団欒ではなく東と二人で静かに過ごしたい、と戴智が申し出た。いつもは全員で食卓を囲むが、たまには二人きりの時間を持ちたい。  二人分の夕食と、熱燗の徳利を箱膳に乗せて運んできた。  箱膳を並べ、二人は雪見障子から雪の薄化粧を眺め、お互いの猪口に酒をつぐ。 「戴智さん、仁英伯父様にはびっくりですね。あんなに効果てきめんとは思いませんでした」  戴智と璃子が瑠奈を連れて家に入るとすぐに、仁英が子供部屋を案内した。昨日デパートで買ったものだという、山のようなオモチャに埋めつくされていた。ぬいぐるみやボール、大きな積み木、木馬、子供用のブランコやすべり台まで。  どこのメルヘンな国に迷いこんだのかと思うような光景に、戴智たちは呆気にとられた。  オモチャを買い与えただけに終わらない。瑠奈がくしゃみをしただけで寒くないか風邪ではないかと心配をし、あくびをしただけなのに“じいじを見て笑った”と喜ぶ。  奈津子も呆れるぐらいの可愛がりようで、将来過保護にならないか心配している。 「本当だ。もう父さんにいろいろと言われることはないが、別の意味で大変そうだ」  社内も大変だ。写真を撮っては、会う人みんなに見せて自慢している。そんな仁英は、今度は子供服をいっぱい買うと張り切っている。 「東…今の仕事が一段落したら、精子の細胞を取り出す手術を試してみようと思う。成功すれば、孫が増えて父さんも母さんも喜ぶかな」  猪口の酒を飲み干す。ほんの少し顔を赤らめ、東も酒を飲み干した。 「ええ、きっと。僕も戴智さんとの子供でしたら、産みたいです」  箱膳の料理は、全て和食だ。奈津子と璃子が腕をふるった。 「戴智さん」  東が小鉢を持ち、箸で数の子の松前漬けを挟んで戴智に向けている。“はい、あーん”の意味だ。 「よせよ、恥ずかしいな」 「誰も見ていませんから、いいじゃないですか」  見られていなくても、今までしたことが無いだけに、何となく気恥ずかしい。戴智は戸惑いながら口を開け、松前漬けを食べさせてもらった。 「次はどれを食べますか?」  酒のせいもあって、少し顔を赤らめながら戴智が答える。 「…雲丹和え」  東が豆腐の雲丹和えの小鉢を取り、箸でつまんで戴智に食べさせる。  時間がたつごとに雪はどんどん降り積もり、雪見障子から見える景色が、灯籠の灯りで青白い。  冬景色に反して部屋の中は暖かく、杯を重ねるごとに体温も上がる。甲斐甲斐しく戴智に料理を食べさせる仕草、ほんのり赤く染まる首筋。男の色気を際立たせる和服姿。  それらは戴智の本能に火をつけるのに、充分だった。  食事がすんだ途端、戴智はその場に東を押し倒した。 「戴智さん、まだおふざけは駄目ですよ。食器を片付けないと」  東が子供に言い聞かせるように、人差し指を戴智の唇に当てた。 「外に出しておけば、後で使用人の誰かが片付けるだろ」  唇に当てた指は、戴智に優しく食まれる。東も観念して、戴智の両頬を包んで引き寄せ、口づけた。  東の胸元の合わせから手をすべらせた戴智だが、その手を止めてしまった。  色っぽくかすれた東の声が、戴智の耳元でささやく。 「戴智さん…焦らすのは無しですよ」  焦らしているのではなかった。戴智の顔には、不安の色が浮かんでいる。 「俺…また…いつか勃たなくなるんじゃ…」  戴智が体を起こして、背を丸める。以前、次はいつ会えるかわからないからと東を抱こうとしたとき、戴智は勃起しなかった。自慰を試みても駄目だった。  東と本家で生活するようになってからは普通に勃起できる体に戻ったが、また勃起しないのでは、という不安は拭えない。 「大丈夫ですよ。もし勃たなくなっても、僕が何日かかっても勃たせてあげますよ」  東も体を起こして座った。徳利に少し残った酒を猪口に入れると口に含み、すぐに戴智の顎に手を添えて唇を重ねた。わずかな隙間から、酒を流しこむ。全て戴智に注がれると、今度は舌を入れた。エロティックに絡まる舌は止まることを知らず、夢中でむさぼりあっていた。  激しく抱きしめ合う体は、いつの間にか東を押し倒す形で畳の上に倒れていた。

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