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第5話

 翌朝目を覚ますと、ベッドには自分だけが横になっていた。 広海はすでに起床したのだろう。昨夜は結局いつものように、ダブルサイズのベッドで広海と一緒に眠った。彼が横になっていたであろう場所に手を伸ばし、触れてみたが、ぬくもりは薄れていた。  望は目をこすりながら、のっそりと身を起こした。予想はしていたが、昨夜の頭痛は続いていた。完全に二日酔いだ。思わず顔をしかめ、額に手を置けば、皮脂や汗でべとべとしていて気持ち悪かった。  シャワーを浴びようとベッドから出て、タンスから下着とタオルを取り出した。寝室を出て、リビングを通り抜け、風呂場に向かおうとしたところで、キッチンから声が聞こえてくる。 「おはよう」  声のした方を向くと、黒いエプロンをした広海が穏やかな笑みを浮かべ、コンロの前に立っていた。どうやら彼の方は今朝も、爽やかな目覚めだったみたいだ。じゅうじゅうとフライパンで何かを焼く美味しそうな音がしている。望はよろよろとした足取りでキッチンに寄った。 「……おす」 「気分はどう?」 「頭がまだいてぇけど、だいぶましだ。ありがとな」  望の返答に、広海は嬉しそうに頷く。メガネの奥の細い目がますます細くなっていた。  広海と付き合って、今年で8年。一緒に住んで5年が過ぎた。 出会った頃に比べると彼の容姿は多少大人びたが、ちょっとした仕草や表情は昔と変わらない。笑った時に、腫れぼったい一重の目が糸のようになるところが、まさにそうだった。 「シャワー浴びるんだよね? 一人で大丈夫?」 「介護してもらう年齢でもねーから」  我ながらつまらない冗談だと内心で自嘲し、望は風呂場へ向かった。脱衣所で広海が着せてくれた寝間着と下着を脱いで、ひんやりとする風呂場に入り、シャワーの水栓をひねった。  シャワーで全身を洗い流した後、望は湯気で曇った鏡を濡らし、自分の顔を映した。鏡の中の自分は口の周りにうっすらと髭が生え、目の下には青黒いクマができ、泥のように眠ったはずなのに未だ疲れきった表情をしており、1日で随分老けたもんだなぁ、と落胆を通り越して感心した。  風呂場を出て、バスタオルで身体と髪を拭いて歯を磨いた後、下着姿でリビングに戻った。キッチンでは依然、広海が朝食の準備をしていた。小学生の頃から28歳になった現在まで、バスケットボールを続けている彼の背は190センチ近くあり、がたいが良いので、狭いキッチンに立っているとその大きさがよく分かる。  望は彼のそばに寄り、声をかける。 「何か手伝おうか?」 「……あ、のんちゃん。取り合えず、服着ようか。髪の毛も乾かさないと」  顔をあげた広海が、望の姿を見て苦笑した。 「あちぃから、やだ」 「湯冷めするよ?」 「しねーよ」 「お願いだから服だけでも着てよ。じゃないと襲うよ?」 「……分かった、着てくる」  広海の双眸が弧を描きながらも炯炯と光ったのを見て、望は逃げるように寝室へ向かった。その鋭い眼差しは、脅しの言葉の信憑性を非常に高めていて、身の危険を感じた。身体がぼっと熱くなるような、さっと冷たくなるような、よく分からない感覚に陥った。

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