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第6話
青地のステテコを履き、黒いポロシャツを着て、ついでだからとベッドサイドに置かれたドライヤーで髪の毛を乾かした。温風を浴びているうちに顔から汗が滲んできたので、髪はまだ湿っていたが、あとは自然に乾くだろうと思い、ドライヤーのスイッチを切った。
ドライヤーを適当に片していると、ふと机上の写真が目に入る。2年前、有給休暇を利用して広海とイギリスへ行った時に撮影したものだ。
ロンドンのアビイ・ロードで、望と広海とそこで知り合った観光客2人の4人が、ビートルズのCDジャケットの真似て写っている。服装まではさすがに似せることは出来なかったけれど、ポーズは完璧に再現出来ており、その日はロンドンでは珍しく清々しいまでの晴天だった。
望はビートルズの大ファンだった。イギリス旅行中は、広海と共にゆかりの地を巡っていた。ロンドンではアビイ・ロード、アップル・ビル、メリルボーン駅を訪れ、彼らの故郷であるリバプールに行った時はマシュー・ストリートを歩き回り、グッズを買い漁った。
「こんなにイキイキしてるのんちゃん、初めて見た」
精力的に聖地を巡礼している望の後ろで、広海が信じられないと言わんばかりにそう呟き、愉快げに笑っていたのを思い出す。
「普段のアンニュイさが消え失せてるよ」
「まぁ確かに、全然ダルくないな」
望はデジカメで異国情緒あふれる風景を撮りながら、かろやかに言葉を返す。イギリスに降り立ってからテンションが上がりきっているお陰で身体が非常に軽く、今なら難なく空を飛べそうだと思えるほどだった。
「老後はここに住みてぇなぁ」
何気なくそう言うと、広海が小さな笑い声をあげた。
「イギリスなら同性婚も出来るみたいだしね」
……そんなことをさらっと言われるとは思っておらず、戸惑って何も言えなかった。嫌ではなかったが、照れ臭かった。
望は聞こえないふりをして、ビートルズの『When I'm 64』を楽しげに口ずさんだ。その歌詞を、広海が理解できたかどうかは分からないが、望なりに自分の思いを伝えた。
「――When I get older, losing my hair. Many years from now」
写真を眺めながら、あの時と同じように口ずさむ。自分が歳を取り、頭がハゲてきても、バレンタインのプレゼントやバースデー・カードやワインを贈ってくれるか、と愛する人に訊ねるような歌詞で始まり、64歳になっても自分を必要としてくれるか、食事もさせてくれるか、と少々情けなく歌うこの曲が、自分の心情にぴったりだと望は思った。
「You'll be older too. And if you say the word,I could stay with you」
愛する人だって年をとる。けれどその人が、「ずっと君のそばにいよう」という合言葉を紡いでくれれば、という歌詞に、望はふふっと吹き出す。……思えば自分たちは、そんなことをしょっちゅう口にしていた。
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