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第9話

「俺さ、よく分かんねーんだよな」  咀嚼していたご飯を飲み込んでから、望は口を開いた。 「結婚ってそんなにいいもんなのか」 「人それぞれだろうね」  広海が困ったように笑ったのを見て、「あ、しまった」と内心焦った。二日酔いで頭がポンコツに成り下がっていることもあって、考えなしに発言してしまった。……が、まぁいい。口にしてしまったものは仕方がないので、開き直ることにする。 「結婚するメリットって何なんだ?」  イギリス旅行時の広海とのやり取りを再び思い出しながら、望は彼に問いかける。広海は、自分との結婚を望んでいる。それが実現出来るのかどうかは別として、彼がそう思ってくれていることに、悪い気はしなかった。  けれども望は、結婚の良さがいまいち分からなかった。昨夜の飲み会で同僚に説教された時、彼は結婚はいいものだとしきりに言っていたが、何がどういいのだろう。別に夫婦にならなくても、一緒にいることは出来ればそれで良いじゃないか。  望の問いに、広海の細い目が見開かれた。そんなの、考えたこともなかったとでも言いたげな顔だった。彼は茶碗に箸を置くと、腕を組んでうーんと悩み始めた。 「メリットかぁ」 「おう」 「……そう言われると難しいね」  広海の表情は険しい。真剣に考えてくれているのだろう。何だか申し訳なくなる。 「……子孫繁栄?」  ぱっと思い付いたことを口にしてみると、広海は途端にぽかんとした表情で望を凝視し、それからすぐに噴き出した。 「確かに。それが結婚の本質だしね」 「けどそれは、男女のカップルのメリットにしかならない」  同性同士だと、子供は作れないから。望が言うと、広海の表情が固くなった。意地の悪いことを言っている自覚はあった。けれども望は、広海の考えを知りたかった。彼の考えを深く掘り下げ、それに触れたいと思った。そうすれば、曖昧模糊とした自分の考えに、何かしらの変化がもたらされるかも知れない……そう考えたのだ。 付き合って8年も経つと、お互いのことを知った気になり、踏み込んだ話をしなくなるものだ。 惰性的になったから、というわけでは決してない。歳を重ねて臆病になったから、というわけでもない。ふたりして、現状におおむね満足しているからだ。 当たり前のように日々を過ごしているせいで意識が薄れてしまっているが、これといった不満や不安もなく互いのそばにいられるのは、とても偉大で幸せなことだ。 望は時折それに気づき、人知れず顔を綻ばせていた。平和ボケでも、自惚れでもない。広海も以前、望を腕に抱きながら似たようなことを囁いてくれた。山あり谷ありの8年間を経て、それがふたりの共通認識となっていたのだ。 ……けどまぁたまには、こういう真面目な話をするのも悪くないだろう。対話を通じて理解を深めていく。基本的だが非常に大切なことだった。

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