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第11話

朝食を終え、2人揃って合掌し「ごちそうさま」と頭を下げる。食器を片付けようとすると、広海に「俺がやるから休んでなよ」と言われ、「これくらいやらせてくれよ」と返しても、彼はやんわりと微笑みながら首を横に振った。 「タバコ、吸っておいで」  広海の物言いは、まるで母親が子供に言う時のそれだった。優しい口調の中に、強制力が見え隠れする。俺の方が年上なんだけどなと思い苦笑しつつも、お言葉に甘えて望はベランダへと向かった。  灰皿とライターとメビウスを手にし、窓を開けると、初夏の爽やかな風が二日酔いの身体をさらりと撫でた。サンダルを履いて外に出れば、雲ひとつない青空が広がっていた。朝日は満面の笑みを浮かべるがごとく煌めき、鉄筋コンクリートの建物がぞろぞろと建ち並ぶ練馬区を柔らかく照らしている。 マンションの下を走り去っていく乗用車の騒音にまじり、鳥の鳴き声が近くから聞こえてきた。隣の部屋のベランダを見ると、ツバメが巣を作っていて、そこにいる雛鳥がくちばしを広げ甲高く鳴いていた。……もうそんな季節か。月日が経つのは早いな、と望はしみじみ思い、同時にそんなことを感慨深げに思う年齢になったのかと驚き、寂しく笑う他なかった。  手すりにもたれ、タバコをくわえライターで火を付ける。紫煙が淡い青空に向かってのびていった。その様をぼんやりと眺めながら、望はゆっくり、たっぷりとタバコを吸い、口の中に甘味を蓄えた。  部屋の中ではタバコを吸わないと決めたわけではなかったが、同棲を開始した頃にはすでに、ベランダが望専用の喫煙所になっていた。 タバコを一切吸わない広海への、望なりの配慮だった。一人暮らしであれば、ヤニまみれのタバコ臭い部屋でも構わないが、今の部屋は自分一人だけのものではない。だから、ここで喫煙するのが習慣となっていた。  腹が満たされたことで、望の頭は二日酔いとは別に、眠気で重たくなってきた。この後、もう一度寝よう。今日が土曜日で本当に良かった。そう思いながら、口から煙を吐き出した。  広海は今日、何か予定はあるのだろうか。所属している社会人バスケットボールチームの練習へ行くのだろうか。……そう言えば、来週か再来週末に試合があると言っていた気がするから、応援に行かないと。望は再びタバコをくわえ、煙を口に入れた。  普段の広海は温柔敦厚で、人畜無害という言葉がぴったりの性格をしているが、試合時は人が変わったかのように、好戦的なプレーをする。コート上の彼は目つきが鋭く、雰囲気は威圧的で、動きが俊敏になる。  バスケのルールを詳しくは知らないが、広海がフォワードというポジションで、得点をたくさん稼いでいることは知っていた。これまで何度も試合を観戦しているが、広海がシュートを打つと、ボールがリングに吸い込まれていくようにゴールが決まるシーンをたくさん見てきたし、彼が190センチ近い長身をいかし、豪快なダンクシュートでリングを揺らす場面も幾度となく目に焼き付けてきた。  バスケをしている広海は、とにかくガツガツしていて、獣じみていて、すごく格好良い。そんな彼を見ていると、身体はゾクゾクと身震いし、心臓がぎゅうっと締めつけられる。望は、彼に惚れ直すのだ。……恥ずかしくて、本人には決して言わないけれど。  唇を少し尖らせ、細々とした白煙を吐きながら、望はタバコの灰を灰皿に落とした。白い灰にはまだ、赤い火が灯っていた。  ふと、何かが望の眼前を伸びやかに横切っていった。ツバメだ。どうやらこのツバメが巣を作ったようで、住み処へとまっすぐに飛んでいくと、ピーピーとしきりに鳴き続ける雛鳥に、捕まえてきた餌を与えていた。その様子をしばらく眺めた後、タバコを吸えるところまで吸いきって、部屋に戻った。

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