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第13話

つと、望の頭を撫でていた広海の手が離れていく。彼は前を向いて背中を少し丸めると、考え事をし始めたのか何も喋らなくなった。寝転んだ望からは、彼の横顔しか見えないが、メガネの奥の細い目は伏され、唇は真一文字に引かれていた。  真剣な表情だった。急に一体どうしたのだろう。望は不思議に思った。 「……ヒロ?」 「……ん?」  広海は望を見る。その顔にはどこか緊張が滲んでいた。 「呼んだ?」 「あぁ、呼んだ」 「どうしたの?」 「お前こそどうしたんだよ」  望は身体を起こした。それだけのことなのにずきずきと頭が痛み、顔をいささか顰めてしまう。早いところ、引いてはくれないものか。 「どうもしてないよ」 「じゃあ、何考えてた?」  広海は一瞬戸惑ったように瞳を揺らすと、再び前を向き、ぼうっとどこでもない遠くを眺めだした。逡巡しているのだろうか。ますます不思議に思い、再度「どうした?」と訊ねようとした。 しかし広海が、意を決した表情をこちらに向けた瞬間、彼のまとっていた空気も固くなり、望は咄嗟に言葉を飲み込んだ。 「のんちゃん、あのね」  「先生、あのね」みたいだと思った。小学生の頃、夏休みの宿題で日記を付けていた。「一文目は必ず『先生、あのね』から書き始めてくださいね」と当時の担任が生徒に言っていたことを思い出す。その頃からひねくれ者だった望は、何で教師に今日の出来事を教えなきゃならないのだ、これだと日記じゃなくて活動報告書になるだろ、先公ってのは休み中の生徒の行動まで監視したいのか、などとまったく可愛げのないことを思いながらも、渋々と自身の活動記録をノートにしたためていた。  けれども、そんな話はどうでもいい。今は広海の真摯な眼差しと、真面目に向き合わなければならなかった。 「なに、どした?」 「……本当はさ、朝ごはんの時に渡そうと思ってたんだけど」 「渡す? 何をだ?」望は首を傾げる。  広海はおもむろに部屋着にしているジャージのポケットに手を入れると、ごそごそと中身を探り、そしてゆっくりと引き抜いた。 「……のんちゃん、こういうの嫌がると思うんだけど、渡してもいい?」 「……え……!? おい、これって……」  広海が手にしていた四角い箱を見て、望はひどく狼狽えた。 「まさかさっき、あんな話されると思わなくてさ、渡そうかどうか迷ったんだよね」  広海は、手のひらサイズの黒い箱をゆっくりと開ける。 「でも、受け取ってもらえなくても、それはそれで仕方ないかって思うことにしたんだ」

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