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第14話

「ヒロ……」  顔にじわじわと熱が集まっていく。広海の顔を見ることなんて出来ず、かと言って差し出されたプラチナリングに視線をやっていれば、全身が脳が茹であがってしまいそうで、望はただ俯くことしか出来なかった。 「ごめん」広海が苦笑まじりに謝った。 「謝んなよ」 望はぼそぼそと言った。「お前は何も悪いことしてねーし」 「でも、迷惑だよね?」 「んなことねぇよ」  ただ、突然の贈り物に動揺しているのだ。今も、何が何だか正直よく分かっておらず、目の前がぐるぐると回りそうになっていた。 「何で急に、こんな……」 「……やっぱり、忘れてるよね」  広海の呟きに、望は「えっ?」と顔を上げた。広海が苦い笑みを目元と口元に浮かべていた。 「のんちゃん、昨日の日付言ってみて?」  望は眉をひそめ、首をひねった。昨日の日付? そもそも今日は何日なんだ? 毎日――特に平日なんかは、淡々と仕事をこなしてばかりいるため、そのあたりの感覚がよく無くなる。ステテコのポケットからスマートフォンを取り出し、日付を確認した。 「……5月29日」 「それは今日だね」 「……あ! えっ、あ、ちょっ……!?」  望ははっと気がついた。思わず飛び出た声は裏返り、両手は髪の毛を掻きむしった。心臓が止まりかけ、顔はさっと青ざめる。  見開いた目で広海を見れば、彼は相好を崩している。 「気付いた?」 「……わるい、本当にごめん……!」  呻くような声を洩らしながら、望は広海に頭を下げた。……そうだ、昨日5月28日は自分達が付き合い始めた日だった。と言うことは、昨日で交際9年目に突入していたのか。……すっかり失念していて、ただただ申し訳なかった。 「だからね、昨日これをプレゼントしようと思ってたんだ」  広海は手のひらのリングを見下ろしながら、優しい声で教えてくれた。 「だけど昨日の夕方、のんちゃんメールくれたよね。急に飲み会が入ったから帰るのが遅くなるって。……実は今年もね、男2人で飲んでてもおかしくないような店を探して予約してたんだけど、仕方ないからキャンセルして、のんちゃんが帰ってくるのを家で待ってたんだ。でも眠くて途中で寝ちゃって……そしたら吐いてる音が聞こえて目が覚めて、駆けつけたらトイレでのんちゃんが戻してて……」 「……本当に、本当にごめん」  広海が計画してくれていた記念日のお祝いを、自分が悉くぶち壊しにしたのかと思うと、望は己の顔に右フック、左ストレート、渾身のアッパーを食らわせたかった。いくら日付感覚がなかったと言えど、記念日を忘れたのは初めてだった。毎年特別なことは何もせず、二人で飲みに行くだけとは言え、1年で最も大切なイベントだった。 加えて今年は、広海が思わぬプレゼントを用意してくれていたと言うのに。……彼は普段通りの優しさと暖かさを以って向き合ってくれているが、昨夜から今朝にかけて、自分は一体どれだけ彼を傷つけてしまったのだろう。考えるだけで己への怒りと忸怩たる思いでどうにかなりそうだった。

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