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第18話

「――それでぇ? プロポーズはしたのかよ、浮須ぅ!」  職場の人間に強引に連れてこられた創作居酒屋で、ふて腐れながら端っこの席で唐揚げを頬ばっていた望の隣に、例の同僚がやってきた。彼はすでに出来上がっており、ぐだぐだとしただらしない口調だった。 「あぁ、その話な」 望は咀嚼した唐揚げを飲み込み、ビールで喉を潤す。「……したぜ、ちゃんと」  正確にはされたんだけどな、と胸のうちで付け加える。と同時に、同僚が興奮したゴリラのような雄叫びをあげた。 「マジかよ!?」 「うるせーな、マジだよ」 「どうだった? どうだったんだよ?」  同僚がせっついてくるので、望はさらりと答えた。 「成功した」 「おめでとう!」  同僚に飛びつくように肩を抱かれ、その暑苦しさに顔を引きつらせながらも「どうも」と薄く笑った。 「彼女、どんな感じだった?」 「まぁ……、喜んでたかな」 「だろうな、そうだろうな! やっぱり、お前からのプロポーズを待ってたんだよ!」 「おー」  後から聞いた話だが、広海はかなり前から、9年目の記念日に指輪を渡すと決め、きたる5月28日を今か今かと待っていたらしい。望は改めて、記念日を忘れて飲み会へと連行された上、べろべろに酔いつぶれ、内臓まで出てくるのではないかと思うほどにトイレで吐いた自分をぶちのめしたくなった。だからプロポーズされた日の夜は、せめてもの償いで、広海の大好物のハンバーグを作った。広海は非常に喜んでくれた。 「それで、婚約指輪はどんなのあげた?」 「んー?」 望はタバコをくわえ、火をつける。「10万くらいだっけか、シンプルなやつだよ」 「10万!?」  同僚は目を丸くし、すっとんきょうな声をあげた。それがあまりにもおかしくて、望は火をつけたばかりのタバコを噴き出しそうになった。 「そんなに驚くことか?」 「そりゃ驚くだろ……そんなので大丈夫だったのかよ? 彼女に怒られなかった?」 「全然、大丈夫」 望はくつくつと笑いながらタバコの煙を吐いた。「結婚指輪だと、だいたいそれくらいの値段なんだろ?」  これも後から知ったのだが、広海が贈ってくれたのは、婚約指輪ではなく結婚指輪だった。プロポーズの後、彼はジャージのポケットからもう一つ四角の箱を取り出し、「最初は婚約指輪を買うつもりだったんだけど、見てたら自分の分も欲しくなっちゃって」と照れ臭そうに告白された。そんな彼が可愛くてしょうがなく、望は猫を愛でるかのごとく、彼の短い髪をわしゃわしゃと撫でた。 「婚約指輪は30万円くらいからって聞いてたけど、結婚指輪だとと片方10万円くらいで売ってるんだね」 「ってことはお前、20万円の指輪を買ったのか?」 「うん」 「大卒の初任給1ヶ月分じゃねーか」  色気もへったくれもないことを言えば、「20万円だと、10日くらいはヨーロッパ旅行できそうだね」と返ってきたのには爆笑した。自分も前日の飲み会で同じことを考えていたと話すと、広海は「やっぱり長年一緒にいると、考え方って似てくるもんだねぇ」と感心し、ふふふと笑っていた。 「結婚指輪!?」  同僚はさらに驚いていた。「そんなとこまで話が進んでるのかよ!」 「あぁ。30分くらいで、全部決まったな」  望は同僚の反応を楽しんでいた。結婚について、無事に着地点を見つけ、降り立つことができた今、心には十分な余裕があった。 「マジかよ?」 「マジだ」 「ならお前、結婚式はどうすんだよぉ!?」  同僚は至極困惑しきった目顔をこちらに近づけ、喚くように訊ねてきた。なにゆえコイツはこんなにも必死なんだと思い、おかしくなったが、付き合いの悪い自分を気にかけてくれるお人好しな彼が、何だかんだ言って嫌いではなかった。 「イギリスでやる予定」  望は飄然と答えた。イギリスなら、同性とでも結婚できるからな、と思いながら。 「イギリスかぁ! へぇ、イギリスなぁ……珍しいけど、いいんじゃねーの」 同僚は依然戸惑いつつも、望の肩を遠慮なく叩いた。 「じゃあ、日取りはいつだ? もちろん、呼んでくれるよな?」 「日取りかぁ……」  望は吐き出したタバコの煙をぼんやりと眺めつつ、口の端を左右に引き上げ、横目で同僚を見た。……彼は自分の答えを聞いて、どんな反応をするだろう。さぞかし驚くか、「お前、何言ってんだ?」と奇妙なものを見るような目を向けてくるか、はたまた冗談だと思って笑ってくるか。まぁ、好きにしてくれと思いながら、口を開いた。 「じいさんになってからだし、30年後くらいだな」 End

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