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第63話
……用が無いなら寮へ向かえば良いのに、誰も退室する気配がありません。
そう言えば今日の皆さまは、落ち着きのなさと苛々が入り交じったようなどうにも奇妙な空気を醸し出されている気がします。まあ、後者は会長と会計さまのお二人だけですが。
庶務さまはいつも通りですね。
若干、ニコニコと嬉しそうにしています。
ああそうか。
皆さまはわざと書記さまの仕事を増やし、苦労の次に来るわんわん君引っ越しの喜びをプレゼントされるおつもりですね?
確かに苦しみの後のご褒美は、より大きな価値を持つというもの。
ということで頑張ってください書記さま。
僕も心を鬼にして、どう見ても緊急性の無い不必要なくらい大量の書類作成が終わるまで、しっかりと貴方を見張っておりますから。
そう考えて、わんわん君と話をしながら待っていたのですが。
途中、我慢しきれずわんわん君に抱きつこうとした書記さまを叱り、仕事を再開させようと試みました。
けれど、泣きべそをかく書記さまの手は非常に遅く埒が明きません。
このままでは一体いつ寮へ帰れるのやら。
仕方が無い。
こうなったら書記さまへのサプライズを諦め、鼻先にご褒美の餌として(わんわん君の引っ越しネタを)ぶらさげてやりましょう。
……どれほど周到に準備をし計画を立てようが、書記さまが関わった時点で全ての予定が狂うことなどもう慣れました。
溜め息を吐き、せめてわんわん君には気付かれないようにと耳打ちすれば、別人のように素晴らしい勢いで働き出す書記さま。
カッと見開いた目は興奮のあまり血走っています。
……やろうと思えば出来るくせにこの人は。
いつも最初からこんな風に本気を出して欲しいものですね。
残念ながら、わんわん君以外のことに本気を出した姿なんて、僕の記憶の中にもありませんが。
ああそうだ。
せっかくの機会ですし、わんわん君にはもう少しだけ書記さまの秘密を話してみましょうか。
まあ実際には秘密と呼べるほど大袈裟なものでもないのだけれど。
そうと決まれば書記さまの監視を会長さまに頼み、僕らは別室へ移動を――。
あえてわんわん君と二人きりになるのは、会話の内容を第三者に聞かれたくない訳ではなく、ただ単純に邪魔が入ると話が進みませんし鬱陶しいので。
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