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Early summer

 旅先の温泉宿で、蓮は浴衣を着ようとしていた。さっきから何度も右前にしたり左前にしたりを繰り返している。今回は少々気張って、露天風呂付の部屋などを取ったから、そんなことに時間を取られても誰に迷惑をかけるわけではないのだけれど、あまりに何度もやっているものだから、さすがに焦れてきた。 「何やってんの。右前だよ。」と俺は声を掛けた。かく言う俺はまだ服のままだ。 「うん、知ってる。けど、どっちが右前だか忘れちゃうんだよね、いつも。」 「今のそれは、左前。だから逆。」 「あそっか。」蓮は正しく右前に直した。そして、帯を締めながら言う。これは器用にやってのけた。 「右前の覚え方、教えてやろうか? 絶対忘れない。」 「そんなのあるの。」  俺は蓮の背後に立つ。「世の中、右利きが多いだろう? 俺も右利き。で、右利きの男が、相手の胸元に手を入れるには。」俺は蓮の浴衣の襟に手を差し入れた。浴衣だからすぐに素肌に触れる。指先が蓮の乳首に到達したところで、俺は言う。「この向きだとこうしてすぐに手が入る。だから、これが正しい右前。」 「本当に?」と蓮はくすぐったそうに笑った。 「彼氏が右利きの人なら、これが一番覚えられる、と思う。」 「さすが先生。的確な暗記方法だね。」そのまま指先が乳首を弄るのを止めもしない。部屋にあったアメニティのシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる蓮の髪に、俺は顔を埋めた。いつもは銘柄の違うシャンプーを使っている俺たちだけれど、後で俺も同じ香りになるはずだ。 「それと、もうひとつ。」俺は蓮の耳に口づけながら言う。「浴衣の時は、本来は下着も着けないんだよ。」 「じゃあ、正式な作法で着つけ直してもらおうかな。」 「……ああ、後でな。」俺は衣紋から延びる蓮の首筋にも、口づけをした。

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