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第5話
基本的に男性禁制である【妃宮】には、いくら尹儒専属の新任世話人になったとはいえ――【かつて木偶の童子と呼ばれていた魔千寿】は一歩も入る事が許されない。
【妃宮】を支配している葉狐様に許可を貰えば入る事は例外的に許されるが、魔千寿が頼んだ所で――それは叶わなかったのだ。
何か悪い事をしでかしそうな魔千寿がいないのだから、葉狐様を怒らせる事をしないようにするという不安以外は抱く必要がないというのに――それ以外にも、得たいの知れない不安感が私に襲いかかってくる。
――しかし、
「母上……平気でございますか?」
「――ええ、平気ですよ……尹儒。あなたも――いつの間にかこんなにも大きくなったのですね……」
「――母上、何か……心配事でもあるのですか?僕も……母上の力になりたい……ですから、何か悩みがあるなら……っ……」
心の引き出しにひっそりとしまってある――悩み事ならば沢山ある。
我が子であり次期王候補者の尹儒がこれから先、無事に成長するかどうか――。
王である燗喩殿が愛人候補である薊に靡く事なく、これから先も不変なる愛を私達だけに注いでくれるかどうか――。
魔千寿を尹儒の新任世話人にした事を、これから先――私や尹儒自身が後悔する事はないのだろうか。どうにも、あの男は信用ならない。
年齢的に複雑な心情を抱きやすくなった尹儒が、これから先も私を母として尊敬してくれるかどうか――。
(尹儒は――早いもので今、齢十二になった……この年頃といえば――ちょうど母を疎ましく思いやすい年頃だ……故に、何か大事が起こらなければいいのだけれど……)
「母は平気ですよ……さあ、尹儒――この先の妃宮で葉狐様がお待ちです――早く参りましょう」
「で、ですがっ……妃宮に行き葉狐様に会うのは……母上にとって厄となるから止めた方がいいと……魔千寿がっ……」
――ぱしっ……!!
尹儒の頬を叩く乾いた音が――蝉のみん、みんと喧しい鳴き声の中に一瞬だけ入り混じるが、それはすぐに蝉の声に掻き消されてしまう。
「母上の親友である薊の姉様であり、前王妃様の好意に背く訳にはいきません――尹儒、母の言葉が聞けぬのですか?母上の言葉より、あの信用ならぬ男の話を聞くのですか?私はそのような子に育てた覚えはありませんよ……」
「…………」
尹儒は何かを言いたそうな表情を浮かべたが、それ以上は何も言わずに私の後を黙々と歩くのだった。
これだけ尹儒に【葉狐様の前では粗相のないようにしなさい】とお灸をすえれば平気だろう――とすっかり安心しきって妃宮内部に通ずる門をくぐったのだが、何故か――葉狐様の世話人である華子から妃宮の中へ通され、長い長い廊下を歩いている最中でも得たいの知れない不安感は執拗に私へと付きまとい――葉狐様がいる間の襖の前で待機している最中でも何ともいえぬ気味の悪い不安感は消え去ってはくれないのだった。
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