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第12話

◆ ◆ ◆ 「―――きなさい……起きなさい……愛しい子……魄よ……あなたを皆が待っていますよ……あの桜の木の下で」 目を開けた時に真っ先に飛び込んできたのは最愛の母である尹の極上の笑顔―――。 ざあ、ざあと―――外で雨が降り続ける音を耳にしながらも、魄は決して高価とはいえないような布団から身を起こすと何の疑問も浮かべず目に涙を浮かべながら真っ先に母である尹の胸へと飛び込んだ。 「は、はうえ……ははうえ……お会いしとうございました……っ……ずっと――ずっと……」 「なにをおかしな事を……。母は魄のもとにこうしているじゃありませんか……さあ、愛しい魄よ……皆が魄が成長した祝いの宴をするべく桜の木の下で待っています……母と共に参りましょう?あなたの父上も……首を長くして待っておられますよ」 魄の心の中で、何かがひっかかる。 まるで喉に小魚の骨が刺さったかのように、むずむずとした微妙な違和感―――。 しかし、それよりも【母と共にいられる幸せ】が遥かに大きく魄の掻き乱した。そして、最愛の母に手を引かれ―――魄は土砂降りの雨の中、所々やぶれかかっている傘をさしながらいいも言えぬ違和感を覚えながらも母子二人の時を共にするのだった。 あまりにも極上の時を過ごす魄は―――気付けない。 王宮の中ですれ違う人物が一人もいない、という己が抱いた違和感の原因のひとつとなる要因すら知る由もなく―――愛する母に手を引かれながら、王宮の桜が聳え立つ中庭へ続く道をひたすら歩いて行くのだった。 ◆ ◆ ◆ ざりっ…… ざり、じゃりっ…… 中庭まで歩いてきた魄と尹―――。 砂利を踏みしめる音が―――ざあ、ざあと降り注ぐ雨音と重なり合って辺りに響き渡る。 コツッ…… 「…………?」 一歩、一歩―――桜の木の下に進むにつれて、魄の足元に何かが当たっていく。 それは、最初は赤ん坊の人形―――次は手に乗るくらいの小さな西瓜―――次は柿―――最後に幼い男の童(誰から分からない)の人形へと様々に変わっていく。 「―――ほら、魄……皆が―――首を長くしてあなたをお待ちしていましたよ。あなたのせいで心を壊された王花様、あなたが突飛ばしたせいで命を落とした眠赦という守子……あなたが生まれてきたせいで私に会おうともしなくなった薄情なあなたの父上……皆が成長したあなたを一目見ようと―――首を長くして待っていたのですよ」 「……っ…………!?」 魄が桜の木の真下で足を止めた途端、一気に真上から針のように鋭い視線を真上から感じて慌ててそちらへと顔をあげる。桜の枝に縄を吊るしてぶら下がりながら、今まで魄が哀れな運命を辿らせてしまって申し訳ない、と心の底で罪悪感を抱いていた人物達が恨めしそうな瞳で自分を見下ろす姿が茫然と真上を見上げている魄の目に鋭く突き刺さってきたのだ。 ―――魄が自分が告白を受け入れないせいで心を壊してしまい若い彼の人生を悪い方に変えてしまったと罪悪感を抱き続けてきた王花様の姿。 ―――魄が世純との恋仲を誤解し詰め寄ってきた時に突飛ばしたせいで結果的に命を落としてしまって彼の人生を台無しにしたと罪悪感を抱き続けた眠赦の姿。 ―――魄が婚外子という自分が生まれてきたせいで王宮での立場が危うくなり結果的に中々父が母に会いにいく事すらままならず最後には二人で自害してしまったと罪悪感を抱き続けてきた最愛なる母と父の姿。 後悔と罪悪感の波が一気に魄の心へと押し寄せ、受け止めきれず―――魄はそのまま数多の人物の命を吸ったせいで呪われていると噂されている王宮の桜の木の真下で気絶してしまう。 薄れゆく意識の中、半開きとなった目で―――魄は最愛なる母が切なげに目を細めるのを……見た気がした。

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